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定期更新ゲーム「夕闇国のコンビニ戦争」で書いたSSのまとめです。

夕闇国のコンビニ戦争のあらすじ
夕闇国……ここはあらゆる世界の夕闇の狭間に繋がる昏い国。夕闇の闇に紛れてどこからともなくひとが攫われ、解放されるかは運しだい。そんな夕闇国のお話の一つ……
一つの企業が夕闇国に存在した。名前は金魚坂グループ。名家「金魚坂一族」が創業した巨大企業であり、当然夕闇国でコンビニ経営もしていた……

-------(中略)-------

比喩ではなく、敵対企業の呪いによって金魚坂一族やグループの重役、いや末端社員に至るまですべて金魚に変えられてしまったのだ
唯一呪いに抵抗できた令嬢「金魚坂さなえ」の知恵もまた、金魚レベルまで下がっていた

-------(中略)-------

金魚坂グループの転移術師課の面々は、さなえの指示通りに夕闇国の外の世界から選ばれしものたちを無差別に次々と召喚し、店長に任命した
経営素人の店長も多く、計画は失敗するかに思えた。夕闇国の誰もがそう思った。ただ、さなえを除いて

-------(中略)-------

夕闇国の空は常に夕闇に差し掛かろうとする時刻のまま凍り付き、街の地図はまるで油の様に変化し揺蕩っている
けれども夕闇国の住人たちは普通の優しい、ただの人間だった。そのはずだったのに……コンビニの建設ラッシュのさなか、その客層は大きく変わろうとしていた……

-------(中略)-------

to be continued

!!夕闇の虚無に商機を刻め!!

あなたに約束されたのは莫大な富

闇円を稼ぎ、稼ぎ、稼ぎまくれ!

ゆらぎの戦場が、あなたを待っています 
主な登場人物(参加PC)
texikonhutariblog
オチャッパ
虫に食われて死んだお茶の葉のオバケのようなもの。がたいの良い男の姿をしている。
物腰穏やか。

texikonhutarisuimi
スイミー
大魔王カンバッツを倒す為、旅をしているという勇者。
意思を持つ水が人の形をとっている。直情径行な性格。 


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 男には水が足りなかった。人気のない、しかし整備された田舎道を歩いていく。男の目は虚ろだった。

 その生気の無さに似合わず、男の姿は大柄で逞しい。葉っぱの様な緑色をした髪の毛は、水気を失いしわがれている。体に巨大な芋虫似の生き物が数匹、衣類の代わりとでもいう様にまとわりついているが、その生き物たちも憔悴しているのかピクリとも動かない。そんな男の手には古ぼけたやかんがひとつ。中からチャプ、チャプ、と水の音が響く。

「み、水…」

 男は言った。渇いた唇から漏れ出た言葉には、掻き消えそうな声量の中にギラギラとした渇望が含まれている。それ程までに水を求めているにも関わらず、男は手元のやかんから水を飲もうとはしない。

 周囲には空き家と森、そしてもう何時間も男を照らし続けている夕日だけがあった。とうとう、歩く気力さえも底をつき男はその場に倒れ込み、そのまま静かに気を失った。男には、不自然なほどに長く続く夕暮れのおかしさに気付く余力は残っていなかった。そして、男に近づく何者かの気配にも。

 

 男が目を覚ましたのはコンビニのバックヤードだった。水の張られたプラスチック製の青い洗濯桶に腰だけを漬からせている。体全体が濡れているのは、誰かが水をかけてくれたのだろう。強引だが、何より助かったという感動が胸の奥から沸々と湧き上がってくる。

「気が付いたかい」

 男は振り返り、驚いた。なんと、金魚が喋っている!

「私はこのコンビニの店長だ。いや、店長になるはずだったというべきか。いやはや、それにしてもこんな姿でお恥ずかしい」

 まるで、車いすの様に車輪の付いた金魚鉢に収まった金魚に見とれてしまう。ヒレは整い赤色が鮮やかな見事な出目金だった。

 ふと、我に帰った男は戸惑いつつも自己紹介をした

「あ、ありがとう。僕はオチャッパです」

 男――オチャッパは浅く頭を下げる。相手が金魚であることと、同時に命の恩人であることに一瞬頭を下げるか否か悩んだのだろう。オチャッパの中に金魚に対し頭を下げるという文化は無かった。

 次の瞬間、オチャッパはハッと飛び上がり今までの落ち着きが嘘のような慌てぶりで金魚に聞いた。

「や、やかんは!?」

「やかん? あぁ、君が持っていたものだね。君は金魚が好きなのかな」

 店長となのった金魚がヒレで指した先、流し台の床に自身の持ち物である古ぼけたやかんは置かれていた。オチャッパは慌ただしくふたを開け中身を確認する。中には、一匹の金魚とそれをギリギリ生きながらえさせるためのわずかばかりの水。

「水を与えてあげようかと思ったのだけど、急な温度変化でストレスを与えてしまってもよくないと思ってね。大丈夫、元気そうだよ。それは、朱文金かい? いい金魚だね」

 金魚の安否が確認できても、オチャッパの表情から焦心の色は消えなかった。オチャッパは店長へ勢いよく振り返り、怒鳴るような、同時に乞うような大声で叫んだ。

「水は!?」

 店長は魚類特有の無表情を保ちつつも、気圧されながら蛇口につながったホースをヒレで指す。オチャッパは、自身の声に驚き申し訳なさそうに店長にお辞儀をすると、急いで蛇口をひねりホースの先をやかんへとつっこんだ。ざぶざぶと勢いよく水がやかんへ注ぎ込まれていく。

 店長は今にも溢れそうなやかんを不安げな表情で見つめていたが、しばらくして異変に気付いた。あれほど勢いよく注がれているにも関わらず、やかんから水は溢れ出てこない。

 オチャッパは実に5分ほど水をその不思議なやかんに注ぎ込み続けたあと、静かにふたを閉めた。顔には安堵の表情がうかんでいる。そして、店長の方へ向き直り、穏やかな笑顔でこう言った。

「ありがとう。助かりました」

 店長は不思議そうに、しかし金魚らしく無表情にオチャッパとやかんを見つめていた。

 

 オチャッパは店長へのお礼としてコンビニ内の清掃を手伝っていた。コンビニは開店前なのだろう。まだ客の入っていない店内は、オチャッパ一人で十分きれいにできるほど整っていた。

 清掃が終わりに差し掛かった、そのころ。

 ――カタカタカタ。

 やかんが揺れ始めた。まるで中の水が沸騰している様だが、火にかけられているわけではない。水を注ぎこまれたときと同じ、床の隅に置かれている。

 それに気づいた店長は、慌ただしくオチャッパへ報告する。

「お、オチャッパくん! やかんが沸騰しているよ!」

 それを聞いたオチャッパは焦ることなく、むしろ嬉しそうにバックヤードへ向かっていった。オチャッパは、揺れるやかんに向かって声をかける。

「おはよう。あぁ、枯れなくて良かった。いや、本当に」

 やかんの揺れは次第に激しくなり、ついには蓋を天井まで吹き飛ばし中の水が吹きあがる……はずだった。

 そこから吹き上がるはずの水は、水の形をしていなかった。代わりに現れたのは、若い人間の姿をした男だ。

「ぷっはぁ~! あぁ、あれ。俺、砂漠でぶっ倒れた辺りで記憶が途切れてんだけど、ここどこ? なぁ、オチャッパ」

 どうやら、オチャッパの仲間らしい。オチャッパと同じく一糸まとわぬ姿だ。体が水で構成されているのかところどころ透き通り、向こう側の風景が覗ける。その体の中を、やかんのなかで窮屈そうにしていた金魚が悠々と泳いでいた。

「お、オチャッパくん。この方は……?」

 オチャッパが店長に紹介するより早く、若い男は自己紹介を始めた。

「俺はスイミーだ! はは~ん、オチャッパ。お前、この金魚に助けてもらったのか。へっへっへ、金魚に助けられるなんて、お前ホントまぬけだな!」

 初っ端から恩人もとい恩魚に対して失礼な物言いをしたスイミーは、数拍置いて再び店長へ目線を戻し叫んだ。

「金魚が喋ってるー!」

 呆然としている店長に向かって、オチャッパは笑みを漏らしながら穏やかな口調で話す。

「こういう奴なんですよ」

「ははぁ…」

 変わった方々だ、と思っても店長は口に出さなかった。店長は店長なだけあって、大人なのだ。

 

「ここはずっと夕方なんですね」

 オチャッパは窓から差し込み続ける夕日を見て、店長に話しかけた。オチャッパが助けられてから数時間が経過しようとしていたが、夕日が地平線に沈む気配はない。

「そう、ここは夕闇国。空は夕暮れで凍り付いた場所なんだ。しかし、住民たちは何の変哲もない優しい人間ばかりさ。いいところだよ、ここは」

 オチャッパは目線だけを店長に向け、疑問を口にする。

「でも、店長さんは人間じゃなくて金魚なんですね」

 店長の顔が曇ったように見えた。――というのも、何分金魚なので表情がよくわからないのだが。

「ライバル会社の呪いによって金魚に変えられてしまったんだ。私だけじゃない、このコンビニの経営企業である金魚坂グループ社員全員だ。あぁ、もうこの企業は終わりだよ。所詮、金魚は金魚。コンビニ経営なんてできないのさ……。あぁ、私には今年で三つになる子供がいるのに、これじゃ養育費が払えないよ」

 泣き出しそうな声で店長は話した。それを聞いたオチャッパは、同情から段々表情が曇ってくる。ところが、ふと何か思いついたのかその表情は一転して穏やかな笑顔に替わった。店長に話しかけようと口を開いた、次の瞬間。

「俺らがコンビニ店長やるよ!」

 そう言ったのはスイミーだった。いつの間にか、バックヤードの入り口に立ってこちらを見つめている。オチャッパは他所からの突然の発言にあっけにとられていたが、すぐに笑顔に戻り頷いた。全く同じ意見だったからだ。

「だって、命の恩人が困ってたら助けるのが義理人情ってやつだぜ」

 スイミーは元気はつらつな声と笑顔でそう続ける。

「あぁ、ありがとう!ありがとう!」

 店長はその無表情な目玉からぶわっと涙を出し――たかは定かではないが、嗚咽を漏らし涙声で答えた。

「ふふ、良い事いうじゃないか」

 オチャッパが言う。

「へへん、俺の方がお前よりずっと前に考えてたし!」

 スイミーは、意地悪な笑顔を浮かべながらそう答えた。

 

 オチャッパとスイミーは、この夕闇国でコンビニ経営をしていくことになった。凍り付いたままの夕日が二人と一匹をオレンジ色に照らしている。命の恩人のために働くことは二人にとって苦ではない。沈まない夕日を見て、オチャッパとスイミーはコンビニという名の戦場で戦う事を決意していた。ただ、問題があるとすれば……。

「店長、コンビニって何なんですか?」

「なにこれ、変なの! レジスター? 初めて聞いた!」

「え、接客? ボク、あんまそういうの得意じゃなくて……」

「やべーぞ、あの個室にある機械に流されそうになった! え、トイレ? ふーん、気に食わない客を流す為の処刑道具かなにかか?」

「え、肥料は食料コーナーじゃない……?」

 客もいないのに騒がしい店内を見つめて、店長はつぶやいた。

「金魚でも転職先、探せるかな……」

第2週目
2016.12.10 


「おい、また客が逃げたぞ! これで5人目だ!」

 スイミーが言った。彼の指す方向には走って逃げる人影がひとつ。先ほど、店に入ってきた客だった。その後姿を見つめながら、オチャッパがつぶやく。

「弱ったな…。なんで、こんなにお客さんに逃げられるんだろう」

「そりゃ、ふたりが服を着ていないからだ!」

 店長が言った。

「服……」

「服かぁ」

 オチャッパとスイミーは、困った顔をしてバックヤードで頭を悩ませていた。客はいない。ただでさえ人口の少ないど田舎という立地条件の上、オチャッパたちを見て客は全員逃げたからだ。

「服を着ればいいじゃないか。最初は着るものすらないのかと思っていたけれど、そうではなくて趣味だったのかい?」

 店長が問う。彼の声音は訝しげだ。

「いや、そういうわけではなくて……。ボクら、服というものを着る習慣が無くてですね……」

「俺、体が水だから布に触れるとびちゃびちゃにしちゃうんだよね」

 ふたりが答える。自分たちは姿は似ていても人間ではないから、服を着る文化が無いのだとオチャッパが話した。店長は不可解な表情を金魚らしい顔に浮かべながらも、彼らの言い分を聞いていた。そして、口を開く。

「しかし、オチャッパさんたちが裸なせいでお客さんが逃げていくからね……。この世界では一般的に人は服を着るんだ。お客さんたちの中でも他人の裸を見て平然としていられる方は少ないだろう。ここは、郷に入れば郷に従えという事で作業服を着てはくれないかな?」

 店長の提案に、オチャッパとスイミーは顔を合わせる。そして、ふたりでしばらく宙を見上げたあと、ため息。

「わかりました。ボクらも店の売り上げを上げたいですし、それしかないのであれば着ましょう」

 オチャッパが困り顔でそういった。スイミーは眉間に皺を寄せ、目線を地面に落している。服を着るのが嫌なのだろう。

 ため息をつきたいのはこっちなのだが! と、店長は心の中で叫ぶ。
 

 数時間後、スイミーが慣れない服装に耐え切れず体を沸騰させながら作業着を脱ぎ捨てたことを皮切りに、服装のことはなぁなぁになったとか。 
第3週目
2017.1.5 



 スイミーは黄昏ていた。

 空は黄昏。この公園にはひとりを除き人影は存在しない。スイミーは滑り台の滑降部に腰かけ、ボーっと宙を見つめていた。公園もスイミーの体も、夕日と同じ色に染まっている。

「ここ、どこだよ…」

 迷子だった。

 

「やっぱり僕、行ってきます!」

「待って待って! 私ひとりじゃ店を切り盛りできないんだ」

 コンビニの扉の前にはオチャッパと店長。店を出ていこうとするオチャッパを店長が必死に押し留めている。しかし、オチャッパの店長の対格差は歴然だ。オチャッパは少しずつ扉の外へ近づいていく。

「探すなら私が行く! オチャッパくんは店の方を……」

「スイミー。今頃、ひとりで泣いてますよ!」

「大人が迷子になったくらいで泣くもんか!」

 スイミーがコンビニを発ったのは半日も前だ。山を一つ越えた隣町には大きな店が立ち並んでいる、と店長が話したのが事の発端だった。スイミーは持ち前の好奇心を胸に隣町まで行ってみようと言い出したのだ。スイミーは一度言い出したら聞かない。従業員二名のコンビニをどうするのかとオチャッパに説得されても、お前が二倍頑張れと答えるといった具合だった。幸いにも、隣町までは鉄道が通っているので、山で遭難することはないだろう。一日休みを与えると思えば……。根負けしたオチャッパと店長はそう自分に言い聞かせ、スイミーに少しばかりの小遣いを与え、送り出したのだが……。

「この国の道はまるで油のように変化し続けている。外から来た君では自ら迷いに行くようなものだ!」

「なんであの時、それを言わなかったんですか!」

「金魚の脳みそは同時にひとつのことしか考えられないんだよ!!」

 そう叫び、とうとう泣き出してしまった店長を見て、オチャッパは勢いを失い眉をハの字に垂らす。店内に客がいなかったのが、今は助かった。

 オチャッパは誰もいない店内を見回し、視線を店長へと戻す。

「……わかりました。では、今日はもう閉店にしましょう。そして今度の休日に半日ほど働く。これでどうですか」

「うぅ、オチャッパくん……」

「もちろん、店長をひとり店に置いていくこともしません。そうだ。せっかく隣町に行くんですし、他の方のコンビニも見てまわりましょう。きっと、勉強になりますよ」

 オチャッパはそう言いながら、店のブラインドを降ろしていく。オチャッパは閉店作業を進めながら、何の気なしに店長へ話し始める。スイミーはあぁ見えて怖がりなのだとか、よく自分に突っかかってくるけど結局は憎めないやつなのだとか。

 それを聞いて、店長はふふっと笑った。

「え、何か変でしたか? 今の話」

「いやいや、まるで自分の子のように話すから……」

 店長の言葉を聞いて、オチャッパは少し困ったような笑顔になる。頭を少し掻いた後、口を開く。

「まぁ、似たようなものです」

第4週目 
2017.1.6 



黄昏。閑散とした住宅街。オチャッパが見つめる先には、どぶ、そしてスイミー。

「なにしてるの……」

オチャッパは店長の入った金魚鉢を抱えながら、そう言った。オチャッパの声には呆れと息切れが含まれていた。太い眉毛はハの字に垂れ下がっている。

「へ、へへ……。いや、これはだな……」

スイミーはどぶに収まったまま気まずそうに笑顔を返した。口元が引きつっている。たぷたぷと表面を波打たせながら、話を続ける。

「ほ、ほら、俺にしかできない方法で駅を探そうとだな! そうそう、そんな感じだ!」

「本当は? ……僕が当ててやろうか。お前、道に迷って怖くなってどぶに入って泣」

「はいはいはい! 今から駅に行くから!」

スイミーはどぶから勢いよく飛び出しオチャッパの口をふさぐ。打ち付けられた口元がじんじんと痛んだ。わかりやすさはどんな時でも健在だな、とオチャッパは口をふさがれながら思う。そんな様子を見ながら、店長が怖々と口を開く。

「お、オチャッパくん。苦しくないのかい?」

店長の言った意味がオチャッパにはわからなかった。何のことかと聞き返そうとして、気づく。口元、そして鼻までがスイミーの手にぴったりと覆われ声が出せない。吐いた息が泡となりスイミーの手の中にこぽこぽと浮き上がった。

「がびぼぶぶげぶぼ」

店長を安心させようとオチャッパは返事をするが、スイミーのせいでおぼれたような声しか出せない。店長の表情が、更に困惑を深めていく。

無我夢中で口をふさぎ続けるスイミーを押しのけ、オチャッパが言う。

「大丈夫ですよ。僕、口呼吸はしないので」

「ははぁ……」

店長は、不思議なものを見るような目でオチャッパを見つめた。オチャッパはそんな店長の視線を受けながら、思う。僕からしたら、この国や店長自身の方がずっと不思議なんですけどね……。

 

ガタン、ゴトン。電車が揺れる。古びた通勤列車には空席が目立つ。

「こら、ちゃんと座りなさい」

そう言うオチャッパは、座席に座りひざに店長入りの金魚鉢を乗せている。声をかけられたスイミーは、座席に膝立ちになり子供のように流れる風景を楽しんでいた。ふたりは、隣町に行くという事で申し訳程度のシャツとズボンを身に着けている。しかし、それも今の次期には似合わない半袖のTシャツとステテコのようなズボンだった。

「迷惑かけてるわけじゃないし、いいじゃんか」

スイミーは視線をオチャッパに向け、不満そうにそう言った。そして、すぐに視線を窓の外に戻す。

「俺、電車なんて初めて乗ったよ。俺が旅してる途中にはこんなの無かったしなぁ。これがあれば、わざわざ歩かなくていいから楽だし、外見るの楽しいしいいことづくめだな」

徒歩ではあれほど不条理な街路も、電車から眺めればおかしいところなど何もない。揺蕩うことなく存在する町並みが流れていく。時折、建物の谷間から顔を出す夕日がまぶしい。電車はレールの上を通ると言うが、道が歪み行き先がかわったりしないのだろうか?

でも、とオチャッパは思う。僕も電車に乗るのは初めてだ。話に聞くばかりで、その姿を目にする事すら初めてなのだ。まるで蛇みたいな乗り物なのだと聞いていたから、てっきり大蛇の頭に乗る様なイメージをしていたのだけど……。

夕日のまぶしさに目を細めながら、向かいの窓から景色を眺める。電車の揺れは、まるで木の枝に乗っているようだ。木の葉のさざめきの様に、走行する車輪は心地よい音を刻んでいる。ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン。

 

「おーい、終点着いたぞ。おい!」

まぬけ面でぐーぐー寝やがって。いや、ぐーぐーは違うな。こいつは息しないって言ってたもんな。そんなことを思いながら、スイミーは眠るオチャッパを揺さぶり声をかける。電車の心地よさに熟睡したオチャッパは揺らせど怒鳴れど起きる気配がない。店長も声をかけるが、状況はかわらなかった。

「なんだよ、こいつ。……そうだ」

スイミーはにやりと笑い、オチャッパを背負いホームのベンチに腰掛けさせる。図体の割に軽いのは、オチャッパが人間ではないからだろう。眠るオチャッパの隣に店長入りの金魚鉢を置き、軽く舌を出しながら店長に向かって言った。

「俺、一足先に遊んでくる! へっへっへ、口うるさいのがいない方が楽しいからな。店長、ちょっとオチャッパのこと見ててっ」

サイフを手に改札口へ駆けていく。店長は慌てて制止しようとするが、文字通り手も足も出ない金魚の姿ではスイミーを留めることは叶わなかった。

「ああっ、スイミーくん! 待ってくれー、スイミーくーん!」

 

「ごめんなさい、店長。スイミーが……」

「うん……」

オチャッパの眉間に珍しく皺が寄る。日が落ちかけているが、この国ではいつだって黄昏時なのだ。スイミーを見失ってから、6時間が経過しようとしていた。オチャッパとスイミーはにぎわう表通りから離れて、閑散とした裏路地を歩いている。

「もしかして、もう帰っちゃったんじゃ」

「まさか、あいつはそんな利口じゃないですよ」

オチャッパはそういうと、路地の一角に目をやった。視線の先には、どぶ。あごをなでながら、どぶに近づきふたを開ける。すると、大きな液体が飛び出し、オチャッパの頭をすっぽりと覆った。

「もう帰るーっ!」

スイミーが涙声でそう叫ぶ。

「ごばべ」

オチャッパは笑顔で何かを言ったが、頭をスイミーで覆われているため何を言っているかわからない。

「親子だなぁ……」

店長は安堵を含ませた口調でそう言った。

第5週目
2017.1.7



「僕もゴリラになりたい。ゴリラになって森で穏やかに暮らしたい」

「ゴリラみたいな見た目の奴が何言ってんだ」

 オチャッパとスイミーはコンビニの外を見て、言った。コンビニはまだ開店時間前だ。コンビニの中から見える外の景色は、数限りないゴリラとゴリラとゴリラ……。

 ゴリラウェーブとは!!

 ゴリラの客が大量に押し寄せてくる現象である!! ゴリラたちは、その強靭な腕を振り回し限定商品を奪い合い、その頭脳でお皿の貰えるポイントシールを安い合計金額で集め、つぶらな瞳で棚のコミック誌の主人公に憧憬の眼差しを注ぎ込む! そんな客がこれから大量に押し寄せてくるというのに、対応する店員はふたりと一匹。それもそのはず、ここは片田舎のコンビニである。客など、一日に二桁も来れば良い方なのだ。こんな大量の客を相手にすることなど、オチャッパたちのコンビニ人生で一度だって無かった。あまりにも無謀な戦いだ! スイミーも店長も、声に出さずともそう思っていた。

 しかし、オチャッパだけは違った。

「負け戦とは思わないよ。だって、あのゴリラたちは大事なお客様だ。どんな状況でも誠意をもって接客するのが、コンビニ店員の純然たる姿だと僕は思うんだ」

 スイミーは、むっと顔をしかめた。これから来る地獄とオチャッパの理想主義的な言葉の落差を感じとったのだろう。客が誰しも善良な人物ではないということは、この短いコンビニ店員生活の中でも十分に理解できていた。

「あのゴリラどもが、話も通じない、まともに金も払わないクソな客だったとしても?」

 オチャッパの口元が、にやっと笑った。

「僕はお金の為にコンビニ店長をしているわけじゃないよ。コンビニを任される際に言っただろう? 僕は何より、店長の為にこの店で働いているんだ」

 スイミーはそれを聞いて、訝し気だった表情を崩した。

「……そっか。そうだったな」

「結局、ここに来る前となんら変わらない。持ちつ持たれつの関係さ。店長……命の恩人の為なら、地獄だって駆け抜けられるだろう?ねぇ、勇者くん」

「もっちろんだぜ!」

 スイミーがにぃっと笑った。

「その意気だよ」

 オチャッパも強い意志のこもった瞳でスイミーを見やる。

 カッチコッチと時計の秒針が鳴る。開店まであと数秒。コンビニで剣は交えない。必要なのはバーコードリーダーと己の根性だけだ!

 7時。ゴリラのドラミングの音が響いた。鍵を開け、自動扉が開き今日もコンビニで商品を売りさばく。

第6週目 

2017.1.29 
 


 オチャッパは凄惨な有り様の店内を見つめている。

 日用品の陳列は乱され、雑誌や書籍はしわくちゃ、酒類と飲食物はすべて買い取られもぬけの殻だ。高級品は興味を示されなかったのか被害は少なかった。

 最後のゴリラが去って忙しさから解き放たれたオチャッパは、同じく陳列や品出しに追われていたスイミーと店長に声をかけようとした。

「……あれ?」

 ふたりの姿がどこにもない。店内を軽く探してみても、店内にあるのはオチャッパとゴリラの残り香だけだった。

 先ほどまでの大繁盛もといゴリラウェーブを思い出す。人手の極端に少ない片田舎のコンビニ。オチャッパはひとりでレジ打ちに追われていた。度重なるゴリラへの接客。オチャッパは今日一日だけで、「ウホ」の一言があんまんを求めているのか、肉まんを求めているのか分かるようになったくらいだ。スイミーたちに気を配る余地など無かった。

 まさか、忙しさに嫌気がさして逃げ出した? 直情径行な性格のスイミーならありえるだろう。しかし、真面目な店長が仕事中にいなくなるなどという事が考えられない。

 オチャッパは記憶をより深く思い出そうと床に腰かける。先ほどの忙しさが嘘だったかのように閑散とした店内が、今のオチャッパにはありがたかった。

 とはいったものの、あの忙しさの中でオチャッパの認識していた世界はレジを中心とした半径1mだけだ。オチャッパは眉間に皺を寄せた。考えても仕方のないことかもしれない。疲れた体を休ませてからふたりを探しに行こう。……。

 あっ!

 ガンッ! 勢いよく立ち上がったせいで、レジの縁に頭をぶつけた。頭をさすりながら、レジの机の上に置かれたものを思い出す。

 あのバケツと金魚鉢……。レジを打つ機械と化していたあの時のオチャッパには気づかなかったのだ。あれは、スイミーと店長だ!あの時は、バーコードの無いめんどうくさい商品としか思っていなかった。そういえば、何か訴えかけられていたような気もする……。

 オチャッパは勢いよくコンビニを飛び出した。

「ゴリラのお客様―ッ! 水入りバケツと金魚鉢を購入された、ゴリラのお客様―ッ!」

 オチャッパは、すでにコンビニより遠く離れた場所を歩き、森へと帰っていくゴリラの集団へ大声で叫んだ。返事をするかのようにゴリラの客はウホウホとドラミングを返してきた。

第7週目
2017.1. 19



「さて、店じまい店じまいっと」

 時刻は……さて、何時だろう。いつだってこの国は黄昏色なのだ。当初はとまどっていたこの景色も、今ではすっかり日常の一部だ。

 今、オチャッパがコンビニ内の掃除を終わらせたところだ。これから何をしようか。夜にも昼にもしばられず、好きな時に働き好きな時に休む。良い生活だと、オチャッパは思っている。

「なぁなぁ、そろそろ良い感じに金も貯まってきたんじゃねーの。飯食いに行こうぜ」

 スイミーが言った。夕日に照らされた彼の体、オレンジ色の鮮やかなこと。この世界に来る前はほのかな青色だったはずだが、今ではこの色がすっかりなじんでしまった。活発な彼の性格からすれば、今の色の方がしっくりくる。

 飯、とスイミーは言った。……飯?

「お前、食べ物を食べれるの」

 今まで共に過ごしてきて、スイミーがものを食べるところなんて見たことが無い。いや、自分だって食べ物を食べない。ふたりとも、水だけで十分なのだ。

「水道水はもう飽きたんだよ! ほら、コンビニには色んな食い物が売ってるだろ? みんなそれをおいしそうに食うじゃん。そいつらが、レストラン……っていったっけ、そんなとこで出た料理がおいしいとか言っててさ。オレも食べてみたいんだよ」

 スイミーが涎をたらしながらそう言った。涎……と言ってもスイミーの場合、ただの水なのだが。

 ふむ、確かにコンビニのホットスナックなどを買い食べる客はたくさんいる。誰もおいしそうに食べてくれるので、その笑顔を見て上手く作れたんだなと嬉しくなることもしばしばだ。しかし、自分で食べてみようと思ったことは一度もない。食べるという行動に馴染みが無く、そうしようと思いつかなかっただけなのだが……。

 スイミーは好奇心が強いな。しかし…。

「そんなこといったって……」

 外食に行って、出されたものを食べられなかったらどうするんだ。と、言おうとして口をつぐむ。子の好奇心を殺すことは教育に良くないと、以前仕入れた本に書いてあった。オチャッパとスイミーは親子ではないが、良くないと言われていることをわざわざするほど険悪な仲でもなかった。

「いいよ。ただし、これが食べられたらね」

 オチャッパは少し考えた末、そう言った。レジに戻り、トングを手にする。

 オチャッパが持ってきたものは、あんまんだった。

「いきなり外食はチャレンジャーすぎるからね」

「へへん、ラクショーラクショー」

 スイミーは笑顔であんまんを受け取った。

 

 ……スイミーの体内に見えるふやけたあんまんを見て、オチャッパは引き気味だった。

「これは、ちょっと……」

 料理が水にふやけていく様子は、食事の席で行儀の良いものではないんじゃないか。オチャッパはそう思いながら、スイミーの顔に目を向ける。そこには、ランランと外食への期待に胸を膨らませる顔があった。

 どうしようかな……。オチャッパはしばらく、その場を動けなかった。

第8週目
2017.1.31 



 より金魚に近づいた店長は、とうとう言葉を話せなくなった。

 それで、オチャッパたちは大慌て。店長をなんとか助けようと獣医を周ってみたが、病気ではないので治せないと困った顔をされるばかりだった。しまいには、スイミーまで泣き出してしまって、オチャッパはとんと困り果ててしまったのだ。

 

 そういうわけで、オチャッパたちは今、動物病院から帰宅中。俯き沈んだ空気の中、オチャッパは腹に金魚鉢を抱え背には泣きつかれたスイミーを背負い田舎の歩道を歩いていた。すでに日常となった凍り付いた黄昏時も、今では気分を沈める原因のひとつでもある。

 ごぽごぽ、と店長が何かを呟いた。しかし、それも泡となり消えていく。オチャッパの耳に理解できる言葉として届くことはなかった。

「店長…」

 オチャッパはお茶の葉のオバケだ。幼くして虫に食いつくされ、無念によって世にとどまっている。姿や言葉を自分の意思とは関係なく変化させられる気持ちというのは、少なからず理解していた。その悔しさ、その不甲斐なさを。

「僕は店長に恩があります。これは、今でもまだまだ返しきれていません。でも、そろそろ本部と僕の契約も切れてしまうでしょう。そもそも、いつこの揺らぎの国から追い出されるのかもわからない。店長は元に戻る術も見つからず。今は、何もかもが不安定です」

 店長が、ごぽりと泡を漏らす。その瞳は水の中だというのに涙が溢れそうに見える。

「でも、ですね」

 オチャッパが言う。

「僕らはこういうのには慣れてるんです。だって、そうでなきゃ行き倒れて死にかけたりなんてしませんよ。この国の黄昏と同じくらい、僕らにとって不安定というのは日常なんです」

 オチャッパが笑った。それは、店長を勇気づけるという意味合いも含まれているのだろうが、それ以上にオチャッパの気質そのものだった。

「がぼぼ」

 店長のそのつぶやきは、ため息に近かった。

「なんとかしますよ。今までだってそうしてきたんですから」

 本当のことだ。だって、未来はわからない。世界の誕生日パーティに世界の危機がやってきたり、崩れた世界で558578杯の紅茶と448835個のスコーンでお茶会をすることだってあるのだ!

 それを目の当りにしたら、命をかけて恩を返すことの、なんと安易な事か!

「がぼ……」

 なんとかならなかったら、どうするんだい。店長はそう言ったのだろう。

「そうですね。そのときは……」

 オチャッパが少し考えて、言う。

「そのときに考えますよ」

 オチャッパは頭をかいて、少し恥ずかしそうに笑った。なんとかならなかった時のことなんて、考えてもしょうがないのだ。だって、未来はわからないのだから。

 オチャッパは、おとなしい人物だ。しかし、それと同時に豪胆な人物でもあった。

「がぼぼ……」

 これじゃ、まるでスイミーくんみたいだ。と、店長は言おうとしたのだが、言葉が泡になって上手く伝えられない。

第9週目
2017.1. 31



 黄昏時の日が差し込むコンビニには、倦怠した空気が漂っていた。この先には何が待っているんだろうか。

 オチャッパたちは相も変わらず、コンビニで働いていた。はじめは手こずっていたレジスターの扱いも、今ではすっかり慣れたものだ。今日も少ない客相手に、黙々と物を売っていく。

 店長はもう喋らない。金魚として、バックヤードの水槽で泳いでいるだけだ。きっと、それは店長として働くよりもずっと楽なのだろう。しかし、後悔が解消されることは無い。それは、代償としては恐ろしく重いものだった。

 

「店長、ごはんですよ」

 休憩に入ったオチャッパが、金魚用の餌をひとつまみ店長に与える。店長は他の金魚と同じように、水面に浮かぶ餌をついばみ食べていく。泳ぐ姿も、普通の金魚そのものだ。

 オチャッパは、店長が喋ることができなくなった後も、以前と同じように話しかけつづけた。オチャッパには、金魚の言葉はわからない。しかし、店長の意思は以前と変わらずそこにあると、オチャッパは信じている。

「店長、最近仕入れたあのお菓子、すごく売れ行きが良いんですよ。来るお客さんが全員買っていっちゃうくらいなんです! そうそう、金魚の餌も新しく仕入れたんですけど、あれは結構良いものらしくて。スイミーが飼ってる金魚も、あれ食べるとすっごい色鮮やかになって元気に泳ぎ回るんですよ。今度、ちょっと試してみませんか? いつも同じ餌というのも味気ないと思うし……」

 オチャッパは店長に話しかけ続ける。そうしていたら、店長が以前のように返事を返してくれるんじゃないかと期待しているのだ。

 そんなことは叶わない。だって、これは呪いなのだ。呪いを解く技術をオチャッパは持っていないし、呪いをかけたという敵対企業に単身乗り込んで問題を解決する力も無かった。

「店長……」

 とうとう、話しかける話題も尽きてしまった。オチャッパは、悲し気な瞳を店長に向ける。今、このコンビニを任されているのはオチャッパだが、オチャッパの中では店長はいつだってこのコンビニの店長なのだ。オチャッパだって、いつまで夕闇国に留まっていられるかわからない。オチャッパと金魚坂グループの契約期間の終了は刻一刻と迫っていた。

 自分が居なくなった後も、店長はずっと金魚として生きていくのだろうか。困っている恩人ひとり助けることもできず、自分は旅を続けるのだろうか。ずっと、助けられなかったことを後悔して……。

「おい、休憩終わったぞ。レジまかせた、と言っても客いないけどな」

 スイミーがバックヤードに戻ってくる。もう、そんな時間が経ったのか。

 スイミーがオチャッパの様子を見て、顔を顰めた。

「……別に、やめろとか言わないけどよ」

 未練がましいとか、不気味だとかは言わなかった。スイミーも、後悔しているのだ。助けると宣言した恩人に対して、助けられなかったばかりかほとんど恩も返せていなかった。コンビニを店長の代わりに経営することは、根本的な解決ではない、ただのその場しのぎだとふたりはわかっていた。

「ほどほどにしとけよな。何なら、俺が店長の相手するよ。そんなんじゃ、お前にとって良くないだろ」

 スイミーは続ける。

「また、あのゴリラウェーブが来ればいいんだけどな! 忙しければ、その分悪いことを考える暇もなくなるし」

 笑いながらそう言うが、静かな店内にその笑い声は吸い込まれていく。遠くで木の葉はさざめき、カラスの鳴き声が聞こえる。

「……あっ、そうそう! 前に頼んでた接客マシン届いてたぞ。いや~、金魚坂グループも色々考えてんのな!」

 スイミーは、そう言って店の表に向かいかけていった。少しそそっかしく、外に置いてあった大きな段ボール箱を台車に乗せてやってくる。スイミーの腰ほどの高さだが、横幅はスイミーの背丈ほどもある。

 それは、オチャッパたちが店長の為と思って本部に頼んでいた機械だった。金魚坂グループが作り出した機械で、接客・品出し・発注等々、すべてを自動でこなしてくれるのだという。オリハルコンとかいう素材でできているため非常に丈夫で、充電も独りでにしてくれるとか。要は、店長がたとえ金魚であっても問題なく経営を続行できる優れものなのだ。

 本当なら、こんなものを頼むことはしたくなかった。だってそれは、自分たちは恩人を助けることができませんでした、と宣言しているに等しい行為だからだ。

しかし、もう仕方がない。オチャッパたちに今の状況を打破できる力も方法も無いのだ。

 段ボールを開けると、そこには金魚の姿を模した機械が現れた。恐らく、金魚坂グループの名前から考えられたものだろう。しかし、今となっては皮肉以外の何物でもない。

 充電をし、スイッチを入れる。充電をしている間、オチャッパたちは少しばかり言葉を交わしただけで、その多くを沈黙が占めていた。

 接客マシンが起動する。店内を少しばかり動き回った後、機械的な音声が流れる。

「お客様が見当たりません。掃除を開始します」

 オチャッパは苦々しい笑みを浮かべ、はは、と笑う。

 結果、接客マシンは、素晴らしい仕事をしてくれた。オチャッパたちよりもきれいに店内を掃除し、オチャッパたちよりもきれいに品を並べた。それに、数秒充電するだけで一日中働けるのだという。これはすごい!

「僕たちもすっかりお役御免だね」

 オチャッパは、悲し気にそうつぶやいた。10週間も働いたよそ者より、数日前に造られた機械の方がずっと有能なのだ。自分たちは、本当に店長に何もしてあげられなかったんだな、と思い悲しくなる。

 自動扉が開いて、客がやってくる。このコンビニ近辺に住んでいる、腰を曲げたおばあさんだ。よくこのコンビニを利用してくれるお客さんのひとりだ。

 オチャッパたちは表に出なかった。接客マシンがすべて上手にやってくれるのだ。

 お客さんがレジで品を精算する。接客マシンは、手早くバーコードを読み取り、てきぱきとレジ袋に品を詰めていった。もちろん、そこにオチャッパたちの出る幕はない。

 バックヤードで、ぼうっと時が流れるのを待つ。夕闇国に来る前は、一日をただひたすら日向ぼっこに費やした日々もあったが、今のこれはそれとは比べ物にならないほど苦痛な時間だ。

 なんとかなる。

 オチャッパは以前、店長にそう言った。なんとかならなかったら、どうするんだい。店長にそう問われたと感じたオチャッパは、そうなったらその時に考えるとも言った。

 考えた結果が、これなのだ。自分の不甲斐なさが情けなくなる。

 バックヤードは静かだった。誰も言葉を発しない。マシンの機械音と、客の足音だけが聞こえてくる……。

「あら、いたいた」

 沈黙を破ったのは、客であるおばあさんの声だった。スタッフ以外立ち入り禁止のバックヤードに堂々と立ち入ってくる。接客マシンの静止の音声に耳を貸す様子もない。お年寄りはすごい。

「お兄さんたちがロボットになっちゃったのかとびっくりしたわ。なによ、そんな暗い顔して。そんなふうにじっとしてたら、体に悪いわよ」

「はは、こんにちはおばあさん。いえ、あの機械が上手にやってくれるから、もう僕たちは働かなくていいんですよ。えぇ、ぼくたちよりずっと上手……」

 オチャッパの言葉は次第に小さくなっていく。認めたくはないが、事実なのだ。

「なにが上手なの!あんな愛想のないロボットに接客させるなんて!」

 オチャッパは、その言葉を聞いても暗い空気を漂わせたままにへらと笑う。お世辞にも、いい笑顔とは言い難い。

「ボクも、愛想が良い方ではないので……」

「まぁ、そうね」

 お年寄りって、厳しい! 自分で蒔いた種なのに、オチャッパは更に凹んでしまった。スイミーが気を使って、無言で背中を撫でてくれる。優しい子に育ったな、と親でもないのにそう思う。

「そういえば、以前いたおじさんはどうしたの」

 店長のことだろう。

「はぁ、店長は、その……。呪いで金魚に……」

 オチャッパは水槽を指さした。そんなことを言って、信じてくれるのだろうか。敵対企業に呪いをかけられたなんて、アホらしいこと。

「はぁ~、あの敵対企業に呪いをかけられて金魚になったって噂、本当だったのね!」

 おばあさんは目をらんらんと輝かせ、水槽を見つめる。おばちゃんの井戸端会議では日々、驚異的な情報量が行き交っていると聞いたことがあるけれど、おばあさんも例外ではないらしい。

「でも、残念ねぇ。これ、どうにかして元に戻せないの? あのおじさん、笑顔が素敵なイケメンだったじゃない」

 店長がぴくり、と反応した。金魚になる前の店長を、オチャッパは知らない。しかし、きっと自分たちよりずっと有能な人物だったのだろう。そうでなければ、こんな客足の少ない片田舎のコンビニがいつまでも残れるわけがない。

「それが、今はなによ。以前はぐちゃぐちゃだった品もきっちりそろえちゃって、気味が悪いったらありゃしない!」

 店長は、器用な方ではなかったようだ。ぐちゃぐちゃな方がいいなんておかしいな。ふふ、とオチャッパは笑う。そして、聞いた。

「汚い方が良いですか」

「田舎のコンビニに潔癖さを求める客なんていないわよ」

 おばあさんはそう言い切った。それはもう、気持ちのいいくらいに。

「この店には、あのおじさん……店長さんが必要なのよ。だって、こんな田舎にはそれくらいしか見るものないでしょ」

「そんなに良いおじさんだったんですか、店長は。それは、見てみたかったな」

「俺も負けないくらい良い男だと思うけど……」

 スイミーが何かを言った気がするが、無視しよう。沈黙ばかりがあったバックヤードは笑顔と談笑で満たされていた。オチャッパの微笑み、スイミーの笑顔、おばあさんの談笑、店長の笑い声……。

「店長!?」

 その場にいた全員が、水槽に視線を向けていた。そこには、ずぶぬれになった店長……人間の店長がいた。
第10週目
2017.2.10 



「全く、ここらは魔物の数が多いな…。とりゃ!」

「こらこら、追い払う程度にしときなさい」

 オチャッパたちは、草原を進んでいた。スイミーが剣を振り、小さな魔物を追い払う。

 青い空、白い雲、柔らかな日差しと穏やかな風。まるで、俗世から切り離された楽園のような場所。そんな中で、スイミーが叫んだ。

「何も無くて、つまんねー! コンビニ行こうぜ、コンビニ!」

「あのね……」

 オチャッパのため息が漏れた。

 

 オチャッパたちが夕闇国を発ったのは、店長が人間に戻ってすぐのことだった。

 夕闇国のコンビニ前。オチャッパたちが夕闇国から発つのを、店長が見送っている。

「本当に、行ってしまうのかい? 何だったら、ここで暮らせばいいのに」

「ありがとうございます。でも、僕らはやらなければいけないことがあるので」

「そうそう、魔王を……むぐっ」

 スイミーの口を、オチャッパの大きな手がふさいだ。オチャッパが小声で、スイミーに話す。

「店長は、魔王も勇者も知らないんだ。最後に変な混乱を招かないでくれよ」

 夕闇国には、勇者も魔王もいない。戦いは卓上で、武器は電卓に。オチャッパたちが知る争いのないおとぎ話の世界では、勇者と魔王の戦いがおとぎ話として知られていた。

 店長は、勇者と魔王の戦いをおとぎ話として生きてきた人間だ。オチャッパたちとは、何もかもが違っていた。

「魔王……?」

 店長が、不思議そうに聞いてきた。オチャッパは、はははと愛想笑いをしてお茶を濁し、話を切り替える。

「いや、今まで金魚だったからわからなかったけど、店長って結構ハンサムですね」

 オチャッパの言葉を聞いた店長は、まんざらでもないといった表情を浮かべながら「そうかい?」と笑う。あのおばあさんが褒めたのも、納得のいく整った顔立ちだった。ぼさぼさの髪とヘタレな雰囲気が無ければ、ダンディなおじさんとしてよりモテていただろう。

「何を言ってるんだい、オチャッパくん。褒めても何も出ないよ?」

 そう言って笑っていた店長だが、突然何かに気づいたように笑い声を止めた。そして、慌ててコンビニへ入り、しばらくして慌てて戻ってくる。

「出るよ! というか、ごめんすっかり忘れてた! まだ、金魚頭が戻り切ってないのかな」

 あはは、と笑いながら店長がオチャッパに差し出したのは、武骨な茶封筒。オチャッパが受け取り、スイミーと共に封を開けた。

「……!!」

 声にならなかった。

 そこに入っていたのは、26454闇円! 目がくらんだ。オチャッパたちがコンビニで一週間かけて稼ぐ金額が平均で3000闇円程なのだ。それを考えれば、ポンと手渡されるような金額ではないはずだ。オチャッパの、茶封筒を持つ手が震える。隣にいるスイミーに至っては、驚きで人間の形を保てていなかった。

 店長が笑いながら説明をする。

「はは、すごい金額だね! これはゆらぎの貨幣と言って、夕闇国を出た際にその地……どんな世界のお金にも変化するという、すごい貨幣なんだ。闇円は、夕闇国の中でしか使えないからね。オチャッパくんは、元々そういう契約で金魚坂グループ経営のコンビニ……ここの店長をやっていたはずだよ」

 店長が、懐から契約書を取りだし、オチャッパに見せる。契約書には、店長が言ったとおりの内容と、オチャッパのサイン。

 サインを見て、ようやくオチャッパは思い出す。そうだ、元々は店長への恩返しで始めたコンビニ経営、それをするにはまず金魚坂グループとの契約が必要だと聞いて、片手間にサインをした覚えがある。今の今まで、忙しさですっかりと忘れてしまっていた。

「思い出したかい。だから、そのお金は君のものだ。すごいねぇ、私もそんなボーナスが欲しいよ」

 そして、店長はオチャッパに向き直り、その大きな両手を握った。

「私が人間に戻れたのも、オチャッパくんのおかげだ。ありがとう」

 オチャッパは、照れくさそうにはにかみながら、付けくわえる。

「あのおばあさんのおかげでもありますよ」

 あのおばあさんが、がむしゃらに店長を褒めたおかげで、失っていた店長の自信を取り戻せたのだろう。その自信が、結果として呪いに打ち勝ったのだ。

聞いた話によると、金魚坂グループの無制限フランチャイズ拡大作戦は功を奏し、膨大な赤字も無事黒字へと変わったようだ。姿を金魚に変えられた人々が元に戻れたのかはわからない。金魚坂グループの経営は、まだまだ前途多難だろう。

 しかし、強い意志があれば、道も開ける。目の前の店長が、そうであったように。

「ねぇ、オチャッパくん。私は、このコンビニをずっと愛されるような店にしていくよ」

 店長が言う。

「金魚になって、店員でもお客さんでもない立場になってわかったんだ。このコンビニは、多くの人に親しまれている。みんな、わざわざ口に出さないけどね。だから、絶対に潰したりなんかしない。だから、そうだね、まずは24時間営業から始めてみようかな」

「無理しないでくださいね」

 オチャッパが、心配そうな顔でそう言った。店長は、それを聞いて屈託のない笑みを返す。

 その様子を見ながら、いつの間にか人型に戻っていたスイミーがオチャッパの肩を叩いた。

「なんとかなるもんだな」

 スイミーが言った。

 なんとかしてくれたのは、店長の方だ。と、オチャッパは思った。結局のところ、オチャッパは店長の代わりに店を切り盛りしていただけだ。店長を元の姿に戻したのは、他の誰でもない店長だった。

「ま、お前は大口叩いてた割りには大したことしてないけどな!」

 何か、言い返してやりたかったが、全くその通りなので言葉が出ない。その代わり、スイミーの頭をちゃぷちゃぷと叩いた。「本当のことだろ」と言って、スイミー意地悪な笑みを浮かべ、オチャッパの手をのける。

「本当に、ふたりは親子みたいだねぇ」

 店長が笑って、そう言った。

 

 日が暮れた。久しぶりの夜だ。月明かりの下、オチャッパたちは近くに村を見つけ、そこで宿を取ろうとしていた。妖精の住む村だった。小さな妖精たちが、てきぱきと仕事をこなしていく。きっと、こういった様子も夕闇国ではおとぎ話のようなものなのだろう。

「じゃ、お茶の木と水のふたりで。部屋はひとつでいいです」

「でかい部屋がいいな! ほら、金ならあるだろ?」

 スイミーは、オチャッパの顔を覗き込んで言った。

 たしかに、あれほどのお金ならこの宿一番の部屋を借りることも容易いだろう。

「しょうがないな。今回だけだよ」

 旅をするには、節制が必要だ。しかし、せっかく貰った大金。一回だけ、いい部屋に泊まるくらいの贅沢はしてもいいだろう。そう思って、オチャッパは懐から茶封筒を取り出した。

「……なんか、膨らんでる?」

 オチャッパが掴んだ茶封筒は、夕闇国にいた時とは違い、今にもはちきれんばかりに膨らんでいた。確かに、この世界には紙のお金は存在しない。もしかしたら、金や銀にでも変わっているのかもしれない。そう思って、オチャッパは茶封筒を開けた。

「……これは」

「種!?」

 封筒に入っていたのは、色とりどりの植物の種だった。まさか、種になるなんて! 考えてみれば、確かに種を育てれば裕福な暮らしの源になりえるだろう。この地では自給自足の生活を送る人々も多いため、価値があると言える。

 しかし、今のオチャッパたちは旅人だ。種を育てられる環境にいない。第一、これらが一体何の種なのかわからなかった。何が育つかわからない植物の種を、物々交換の場で使うわけにもいかない。

 種を睨んだまま動かなくなってしまったオチャッパたちを見て、妖精が言う。

「あの、お金、無いですか。だったら、その種と交換で、お部屋貸しますよ」

 一番いい部屋は無理ですが、と付け加えられた。

 

 結局、オチャッパたちは元ゆらぎの貨幣である種をすべて妖精へ渡し、部屋を借りた。ベッドがふたつある部屋を選んでくれたのは、妖精の良心だろう。

「くっそー、あんな大金があれば剣も鎧も新調できたし……、カジノでも遊び放題だったのに……」

スイミーは、ベッド代わりだろう金魚鉢に収まりながら、泣き言をいう。装備はともかく、カジノに使おうと思っていたのか、とオチャッパは呆れた。

「まぁ、これでよかったんだよ」

 オチャッパのその言葉に、スイミーは目線だけを向け文句を返す。

「なーにが良かったんだよ! あぁ、カジノ……ごちそう……」

 スイミーは再び沈んでいく。

「慣れない大金は、災難の元ってことだよ。しかし、そんなに落ち込むかい。しょうがないなぁ……」

 オチャッパは、そう言って懐から財布を取り出す。中には、幾ばかのお金が入っていた。旅先では何が起こるかわからない。その為の資金だった。その中から、オチャッパはやくそう三つ分程度のお金を取り出し、オチャッパの入っている金魚鉢に向かって軽く投げる。

「おおっと!?」

 ナイスキャッチ! と、オチャッパは褒める。スイミーは、咄嗟に手を形作り受け止めた。

「それで、おやつでも買ってきなさい」

 これじゃ、大したものは買えないと怒るだろうかと、オチャッパは少し身構えていた。しかし、それは杞憂へ終えた。

「お、マジでー? へへ、ありがとな」

 思っていたより、随分と素直だった。しかも、お礼まで! 頭でも打ったのかとオチャッパが聞くより早く、スイミーが続けて口を開いた。

「あの大金には遠く及ばないけど、これでも時給でいったら一時間分くらいだもんな」

 オチャッパは気づく。なるほど、スイミーもコンビニ店員として働いて、立派に学んでいたのだ。以前の彼なら、ボロボロの金銭感覚で駄々をこねていただろう。

「ふふ」

 オチャッパが笑う。

「なに笑ってんだよ」

「いや、やっぱり僕も何か買おうと思って」

 えー、と言ったのはスイミーだ。オチャッパは立ち上がり、スイミーと共に廊下へ出る。

「じゃ、この金半分ずつ?」

「もちろん」

「ちぇっ、じゃー、大したもん買えねーじゃん!」

 結局言うのね、それ。

「良いじゃないか。少ないおこづかいで何を買うか悩むのも、一興だと思うよ」

 そういって、スイミーを宥めた。

 宿の外へ出ると、村は妖精の作る仄かな光によって照らされていた。少し先には、食品店の看板。幸い、夜にも店は開いている様だ。

「なぁ、お前は何買うの」

「そうだな。僕は――」

 月明かりに照らされながら、オチャッパたちはそんな会話を繰り広げる。

オチャッパたちの手には、僅かな小銭。握りしめた小銭の感覚を確かめながら、歩いていく。それでも、買い物を楽しむには十分だった。

 店に着き、戸を開けた。カランカランと、ドアベルが鳴る。

 さて、今夜はなにを買おうか。 

エピローグ
2017.4.16