参加キャラクター:ロット Eno.230
霧戦争の概要(あらすじ)
ゲームの目的は、戦うことで得た報酬をできるだけ高く積み上げることです戦う? どうやって? そう、あなたはウォーハイドラ、通称ハイドラと呼ばれる巨大兵器で戦います戦場を渡り歩き、硝煙をまとい、エネルギー粒子を振りまいて、不可思議な現象を起こし、電子を迸らせ、炎によって敵を焼き尽くす兵器パイロット、それがあなたです。そういった人々はハイドラライダーと呼ばれ、恐れられますハイドラには9つの首があります。それは9つの接続端子です。ハイドラ規格と呼ばれるこのハードポイントはUSBのように自由に兵器を接続することが可能です火器や様々なロボットパーツ、便利な道具類が接続端子によってエネルギー供給を受け、HCS(ハイドラコントロールシステム)によって自由に制御することができますHCSの中枢であり、9つの接続端子の源が操縦棺と呼ばれる頑丈な箱です。その箱を動かすための移動ユニットを接続してハイドラは完成します
◆残像領域◆あなたはこの“残像領域”にたどり着いた旅人……あるいは残像領域の住人ですハイドラライダーとして認められ、莫大な報酬が約束されましたあなたには最低限のパーツで組み上げられた機体がひとつ渡されています残像領域には、様々な世界から神隠し的に迷い込んだひとたちや機械がよく訪れます領域はほとんどの時間帯が霧に覆われ、荒野には錆びた飛行機や戦車が放置されています未開拓な領域の残る不確定な世界です。ほかの世界から迷い込んだ貴重な物資を巡って、日々戦いが繰り広げられています今回の戦いもそのようなものです。無数のハイドラが群れて、獲物を奪い合う“狩り”の一つですあなたは迷い込んだ旅人かもしれませんし、この世界に居ついてしまった住人かもしれません人々は、この領域にどこからか現れて、また別の時空へと旅立っていくこともあります
主な登場人物(参加PC)ロットロボット乗りの少年。8歳。戦いを呼び込む運命にあり、一か所に長く留まることをしない。主に盗賊、時に傭兵として働き路銀を稼ぐ日々を送っている。明るくポジティブな性格だが、産まれた時から戦いを経験してきたため、特に他人に対してはドライな面がある。また、非常に好戦的。激しい戦いと巨乳で美人なお姉さんと食べた瞬間に虫歯になる様な甘ったるいチョコレートが大好き。普段はおもちゃのようなずんぐりむっくりした車…のような見た目のハイドラで寝泊まりしている。いざというときは、変形しそのまま戦闘を行う。
ユーキチ
とてもネガティブな少年。凄腕の整備士で、ロットの友人。
ロットより2歳年上。





人で賑わい、多くの情報が交差するマーケット。その端、閑散とした裏路地に少年ロットの車があった。
そのなかで、ロットは黒い座席に横たわり、マーケットのカタログに目を通している。ラジオからは、アナウンサーがニュースを読み上げるノイズがかった声が流れていた。……しばらくすると、ニュースを読み上げる声のノイズが酷くなり、聞き取れなくなってしまう。

ロットは眉間に皺をよせ、ラジオをつかみ取り叩いたり、揺すったりを繰り返す。

そう言ってラジオを脅し、ガツンッと一発殴ったところ、飛んできたのはネジだった。ロットの額に勢いよくぶつかり、鈍い音をたてる。ラジオはむりやり留められていた外装を開き、中の基盤をむき出しにして、再びアナウンサーの声を流し始めた。

ロットは涙目で額をさすりながら、手に掴んでいるラジオを睨みつけた。

ピーッ、ピーッ。甲高い通信音が車内に鳴り響く。ロットは、しぶしぶラジオを置き、ヘッドホンを耳にかけ通信機のボタンを押した。

少々苛立ちが含まれた声が、車内に響く。しかし、通信機越しの相手はロットに淡々と話をはじめた。それを聞いて、苛立っていたロットの表情は次第に嬉し気になっていく。

そう、意気揚々と返事をし、通信を切る。車のエンジンをかけると、低いエンジン音が周囲に響いた。

思い切りアクセルペダルを踏み込み、車を勢いよく発進させる。コンクリートの剥げた悪路を行き、ガタンガタンと上下左右に揺さぶられる車体の中で、ロットは顔がにやけるのを抑えられずにいた。
今日の霧は肌寒い。
上着に袖を通ししっかりと着込みながら、ロットは顔を顰めた。大人用の上着では隙間から霧が入り込み、寒さを防ぐには不十分だ。ロットの行く先に子供服を売る店は無いのだ。
整備工場についたロットは、整備に使う油や灯油を借り放りっぱなしだった磨き布を探し出し、今日も車の整備を始める。早速、古いパーツを新しく購入したものに取り替える。霧の濃いこの地の機械は、多少の霧には強かったがそれでも整備を怠ればすぐに錆がつきはじめた。
パーツの取り換えが終わり、次にボディを見る。戦闘を行うための機体でもあるので、数多の傷が付いていた。その傷を見てロットの眉間に皺が寄る。後で後でと思いながら後回しにしてきた結果だった。結局、今回も面倒くさくて後回しにしてしまう。磨き布を放り投げ、ロットは整備工場を後にした。シャッターの外は真っ白な霧が立ち込めており、絶好の戦闘日和だった。今日も、どこかの戦場では霧に隠れて油と血がぶちまけられているのだろう。
さて、近くのマーケットに着いたロットの心は、先ほどとは打って変わって弾んでいた。戦闘の予定も無く、車の整備も終えたロットの楽しみ! 今日は大好きなチョコレートをたっぷり買い込む日なのだ!
子供服を売る店は無くとも、パイロットの士気を上げる為に菓子を売る店は多くあった。キャンディも、クッキーも、ラムネも、ビスケットも……。そして何より、ロットの大好物であるチョコレートだってそこには売っている!
……はずだった。
「は!? なんでチョコレートが売ってないんだよ!」
ロットは声を張り上げて、店員に文句を言う。
ロットが入っていったこじんまりとした食料品店。いつもなら、様々な種類のチョコレートが並んている棚には、なぜか今日に限ってチョコレートが一枚も無いのだ。
店員が言うところによると、どうやら企業連盟が進軍を開始する際に大勢のパイロットたちが押し寄せ買い占めていったのだという。店内を見渡せば確かに、チョコレートに限らず甘い菓子類の棚はほとんど空だ。そういえば、ニュースでそんな話をしていたような……と、ロットの脳裏に朧げな記憶がよみがえるが、そんなことでロットの怒りは収まらなない。構わず、苦笑いの店員に怒鳴り続ける。
しかし、これが大人なら多少怯ませることも可能だろうが、ロットは10歳にも満たない子供だ。店員の子供を宥めるためのわざとらしいため口も、僅かだが次第に苛立ちが込められていく。だが、ロットは構わず怒鳴り、時に嫌味を言い、店の内装に文句をつけ、ついには店員の見た目や態度を批判するまでにエスカレートしていった。
10分後、襟を掴まれ店の外に投げ出されるまでの間、ロットはただただ店内で店員相手に文句を垂れ続けていた。
世界が赤い。霧も、敵機も、自分の腕すら何もかもが真っ赤に染まっていた。
頭がぼーっとする。不意打ちを食らったのだと思う。何が起きたのか、よくわからない。わかるのは、目の前の敵機が自分に向かってブレードを振りかざしていることだけだ。
レバーを握り、思い切り押し倒した。敵機へ向かい自機が突進していく。レバーを握った際にぬるりとした感触を覚え、その時はじめて自分が血にまみれていることに気が付いた。不意打ちを食らった際の衝撃で、頭を強くぶつけたらしい。なら、視界が赤いのは血のせいか。
そう思うと、じわりじわりと不愉快な気分になってくる。静かな怒りで満ちてくる。手元がぬるぬるとして不安定なのが、何より不快だった。こんなんじゃ、気が散ってせっかくの戦いが台無しじゃないか。
敵機がブレードを振り下ろすよりも速く、自機は相手の懐に入り込み硬質ダガーを突き刺した。敵機はバランスを崩し、無様にも横倒しになる。そのまま、相手の操縦棺をダガーで突き刺した。液体のようなものが見える。視界が赤いのでわかりづらいが、きっと敵パイロットの血だろう。思わず、にやりと意地の悪い笑みが漏れた。俺様がこんなに血まみれになったんだ。なら、大人なお前はその倍流さなきゃ、不公平だよなぁ?
通信が入る。どうやら、戦闘が終わったらしい。
「どうした? おい、返事をしろ」
うるさいやつだな、と言おうとして声が上手く出ていない事に気が付く。にゃへへ、と笑ってごまかそうとすると、出てきたのは笑い声ではなく今朝食べた未消化のパンだった。胃液とパンの混合物が操縦席を汚していく。それを見ながら、あぁ前に掃除したばっかなのに、と冷静に考える。
通信機から声が聞こえる。何を言っているかはわからない。段々と眠くなってきたので、目をつむった。その後は覚えていない。
・・・
目を開けると、そこには白い天井があった。そして……、久しぶりに見る辛気臭い顔。
「あ、気が付いた……? よかった。このまま、死ぬのかと思った」
どうやら、病院のベッドに寝かされていたらしい。消毒アルコールの匂いが鼻をくすぐった。それよりも…と、ロットは訝し気に眉をひそめる。そして、その少年の名前を口にした。
「ユーキチ?」
ユーキチ。それがロットの目の前にいる少年の名前だ。
いつも目元にクマをつけた暗い顔をしており、しかし口元は引きつったような笑みを浮かべている。性格も見た目の通り、ひどくネガティブな性格をしていた。ロットより2歳年上の知り合いだ。こんな性格ではあるが、ユーキチの持つ機体整備の腕は非常に優秀だった。残像領域に来る前、よく難癖をつけて無償で整備を頼んでいたことを思い出す。
「ひ、久しぶりだね、ロット。や、僕さ、戦車のメンテナンスしてて、ちょっと休憩しようと外出たら、なんか戦場にいてさ……。なんか、ロットの車っぽいロボ?の中でロットが倒れてたから……。た、多分脳震盪だと思うんだけど……。あ、勝手に操縦棺、入ってごめんね? え、えへへ……」
ユーキチの話がたどたどしくて、ロットは軽い怒りを覚える。要は、いつの間にか戦場にいて、機体の中で倒れているロットを見つけて救助したらしい。
ロットは、昔からユーキチのたどたどしく回りくどい話し方が嫌いだった。
無視してやろうかと思っていたロットは、ふと、思いつく。
「本当に悪いと思ってんのか?」
「……え?」
「本当に悪いと思ってんのかって聞いてんだよ」
ユーキチの瞳孔が開き、口元の笑みが強くなっていく。ユーキチの笑みが歓喜から来ているものではないことを、ロットは知っていた。ロットの口元も、ユーキチと同じように笑みを浮かべていく。ユーキチが脂汗をたらしながら、口を開く。
「臓器あげまひゅ……」
「ひゃへっ、いらねぇよ。お前は相変わらずだな。そーだなぁ、悪いと思ってるんなら、ちゃんとシャザイのセーイを見せてもらわなくちゃなぁ」
大人の真似をしてあやふやな理解しかしていない言葉を使い、ユーキチにプレッシャーをかけていく。ユーキチの顔をちらりと見ると、まるで死刑を宣告された犯罪者のような絶望的な表情をしていた。ひゃへへ、とロットは笑った。ユーキチの性格や喋り方は嫌いだ。しかし、いつも変わらず暗い目元と引きつり笑いの口元のくせに、しかしその感情は手に取るようにわかってしまう不思議な表情の変化については、面白くて好きだった。
「そーだ、お前、次の戦いまでに俺のハイドラ綺麗にしとけ! もちろん、内部もしっかりな」
思っていたより軽い命令だったためか、ユーキチの顔に安堵の表情が見えた。しかし、ロットのニヤニヤ笑いで気が付いたのか、ユーキチの青白い顔が更に蒼白になっていく。今の、ロットのハイドラ。その操縦席は……。
「セーイだよな。セーイ」
ロットがひゃははと笑う。それにつられてか、ユーキチもえへへと笑った。ロットは、ユーキチのそれが歓喜の笑みでないことを、自身がいま使っている言葉の意味よりもしっかり理解していた。
「この死んだってひと、あの、メール送ってきた人じゃない?」
つけっぱなしのラジオから流れてきた殺害事件のニュースを聴きながら、ユーキチが言った。
「メールなんて来てたっけか?」
ロットはそう言いつつ、古びた携帯ゲーム機のモノクロ画面をぼうっと見つめている。
トタン屋根に雨粒の打ち付ける音が響いている。空は厚い雨雲に覆われ、まだ正午をまわったころだというのに窓の外は薄暗い。整備場の隣、六畳一間の住居スペースにふたりは居た。今日は戦闘も無く、整備もすでに終えてしまった。やることのないふたりは、薄暗くかび臭い部屋で暇を持て余していた。
「聞いてないの……。あの、ほら、ロット宛ての音声メール……、あっ、ごめん勝手に見て……。なんかメールマガジンとかいろいろたまってたから……」
「別にいいけどよ。どうせ、ろくなメール来ないし。で、なんだって? 誰が死んだんだよ」
「ほ、ほら、ノラってひと……。苗字は知らないけど、多分、同じ人なんじゃないかな」
ノラ。その名前を聞いて、ロットは思い出した。そういえば、以前からメールを受け取っていたように思う。霧笛の塔をリストラされただか何だかで、犬のブリーダーになりたいとか言ってたやつか?
霧笛の塔は、ハイドラ大隊の総指揮を執る集団だ。ハイドラライダーであるロットの契約主にあたるが、ロット自身もその存在を詳しく知らない。
知ろうとしていない、と言った方が正しい。余計な詮索は、時として命取りになる事をロットは知っている。
ロットは、ひとたびハイドラに乗り込めば狂戦士のごとく戦場を駆け敵を薙ぎ払うハイドラライダーである。しかし、ハイドラを降りれば何の力も持たない正真正銘、ただの非力な子供であった。
「おかしな正義感にあてられて、余計なことに首つっこんだんじゃねーの。どこにでもいるよな、そういうバカって」
嘲笑した。すると、ふと視線を感じる。ロットが画面から目を離すと、珍しくユーキチが眉を吊り上げて、こちらを見ている。
「し、死んだ人を馬鹿にするのは、良くないよ」
「はー、お説教とか勘弁してくれよ」
ロットは大げさにため息をつき、ゲーム機に視線を戻す。ピコピコとした電子音、画面に並ぶ四角いブロック。ロットはボタンを押し、ひたすらに画面内のブロックを埋め消していく。スコアは伸びていくが、ハイスコアには届かない。
「……死んじゃうなんて、かわいそうだ」
ユーキチが言った。そして、ロットにこう聞いた。
「……ロットも、戦場で、死ぬの?」
ロットはユーキチを見ない。「ふーん」と、生返事だけが返ってくる。
雨雲の分厚さは増し、辺りは一層暗くなっていく。
とうとう、画面が見辛くなったロットは、部屋の明かりを付けようと立ち上がった。ユーキチは、ノラのことを考えているのか窓の外をぼうっと見つめている。
「戦場で死ぬのは弱いやつだけだ」
ロットが言った。ユーキチは、ロットの方に目を向ける。
「俺様は強いから死なないよ」
ロットが電気を付ける。部屋が明るくなる。ロットの表情は薄く、しかし余裕の笑みを浮かべている。ゲームの画面はハイスコアを示していた。
「そう、だね。ロットは、強いもんね」
少しだけ笑顔になったユーキチが言った。
「助けてくれ! 助けてくれーっ!」
ロットは、混線する通信機器を睨み、やっぱり新しく買い替えておけばよかったと後悔していた。誰かの悲鳴と怒号が聞こえる。恐らくは、敵軍隊のものだろう。こちら……第11ブロック小隊は優勢のようだ。混線した通信から窺い知れる。
大人が赤ん坊みたいに泣き叫ぶのは情けない。ロットは常々、そう思っていた。戦場に出るなら、死ぬくらい覚悟しておけってんだ。
レーダーに敵の機動破壊兵器の位置が表示された。ロットは電子ブレードを振り濃霧を薙ぎ払い、そのまま機動破壊兵器に突き立てる。手負いだったらしく、そのまま撃墜した。ロットは目を伏せた。その口角は笑みを抑えきれないのだろう、上がりきっている。肌にはじとりと汗がにじんでいた。
「まだだ、まだ耐えるんだ」
誰の声だろう。気が散る。通信機を叩き壊してやろうかと思ったが、それでは自軍から入る敵機の位置情報がわからなくなるため、ぐっと堪えた。その苛立ちを敵軍へと向ける。トーチカの位置情報が流れてくる。スピードを上げ突進し、怒りに任せてパイルを撃ち込んだ。小さな要塞であったトーチカは、その分厚い壁ごと粉々に砕け散る。土煙が濃霧と混ざり、視界はより悪くなっていった。
ガヒョンっ。へんてこな音を立てて、スピーカーが外された。
「うわ…、よくこんなの使えてたね。あ、いや、ごめん。悪口とかじゃなくて……」
「いーから、ちゃっちゃと付け替えてくれよな。新しいやつは…えっと、これか」
ロットが持っていたビニール袋から新品のスピーカーを取り出し、ユーキチに渡した。ユーキチは今日も何度口にしたかわからない「ごめん」を繰り返し、取り付け作業のため壁のケーブルへ向き直る。さらさらと水の音が聞こえ、ユーキチは不思議そうに操縦棺の壁に手を当てた。
「へんなコックピットだよね。水の音が聞こえるなんて」
「水の音?」
「あ、ロットには聞こえないの……? ほら、さらさら水の流れる音がするでしょ」
ロットは耳を澄ました。水の音がささやかに響いている。
「うわ、マジだ初めて知った。あー、俺様、ここにいるときって戦闘の時ばっかだからなぁ。車磨くときと違って、こういう戦闘形態の整備めんどいし、企業の整備士に任しちゃうし。俺様、ハイドラのこと全然わかんないしさ」
そう言って、ロットは不思議そうに操縦棺の壁に耳を当てている。さらさら、さらさら。
「お母さんにだっこされてるみたいだ……」
そう言ったのは、ユーキチだった。ロットは少し不満げな顔をして、壁から耳を離した。
「ふーん。にしても、これって名前に棺〔コフィン〕ってついてんだよな。戦士が乗るコックピットが棺だなんて、悪趣味だぜ」
操縦棺。ロットはそれを単なるコックピットとしてしか認識していなかった。しかし、なるほど言われてみればその不思議な水の音は心地よく、安心感をもたらしてくれる。ユーキチが言った感想には、いまいち共感できなかったが。
「それは……、やっぱり戦いの多い場所だし、実際に棺になる場合も……その……そういうのを考慮した……のかも?」
「ひひひ、確かに戦場で死んだらそこが墓になるわけだし、そーゆー方が便利かもな」
「そ、それはわからないけど……」
少しの沈黙。さらさら、さらさら。流れる水の音のおかげか、そんな会話を繰り広げても張り詰めたような空気にはならなかった。あるのは、ロットの些細な疑問と、ユーキチの少しの戸惑いだけ。さらさら、さらさら。
「なんだか、ここが静かなのって変な感じだ。それに、この音聞いてると眠くなってくるな……」
ロットの口から大きなあくびが漏れた。ユーキチがほほ笑んだ。
「た、戦ってきたばかりだもんね。それじゃ、整備、終わったら起こすよ」
「ていうか、お前全然作業進んでないじゃん。さっさと俺様をオンボロ通信機の悪夢から解放してくれよな」
ユーキチは再びごめんと謝る。そして、作業を進める手を動かしながら、言った。
「……おやすみ、ロット」
「うん」
ロットは、目をつむる。水の音とユーキチの機械をいじる音が心地よくて、寝入るまでに時間はかからなかった。
「ろ、ロットって、雇い主の事どれくらい知ってるの」
昼下がり。ロットとユーキチは、古ぼけたカフェテラスで食事をとっていた。ふたりの間にある丸テーブルの上には、大きなサンドイッチが2つと無果汁のぶどうジュースとメロンジュースがひとつずつ。
聞かれたロットは、サンドイッチに伸ばす手を一瞬止め、ユーキチの顔を見る。しかし、すぐに視線をサンドイッチへ戻し、具材がこぼれないようにうまく両端を抑えながら手に取った。
「雇い主って、企業連盟とかいうやつのことか?」
そのまま、大きな口を開けがぶりとサンドイッチに食らいつく。
「知ってるぞー。名前くらいはな!」
咀嚼しながら、言葉をつづけた。口の周りにはケチャップとマスタードがべったりとついている。ユーキチは困り顔で、机に上に乗りだし持っていたティッシュペーパーでロットの口元を拭ってやった。
「やっぱり、ロットも知らないんだね」
ユーキチの顔はより一層不安の色を濃くしていく。サンドイッチを手に取るが、口に運ぶまでには至らなかった。
「あのね、こ、この場所……残像領域ってさ。僕の持ってた地図には載ってないんだ。それに、企業連盟についての情報もね、あ、僕ちょっと調べてまわってるんだけど……、全然見つからないの。だから……その……」
「うへーっ、お前ってホント回りくどいよな! 結論から言えって、結論から!」
段々と消え入っていくユーキチの言葉に、ロットが呆れ半分といった様子で言い返す。ユーキチは深呼吸をし、少し間を置いた後……
「僕らの居た場所に戻ろう、ロット!」
叫んだ。普段、出さないのだろう調整しきれていない大声に、まばらにいた客も目を丸くしてユーキチの方を向いた。もちろん、ロットも。その視線に気づいたユーキチは、顔を真っ赤にし縮こまる。
「……こ、ここって、なんか変だよ…。ハイドラとかいうシステムも、なんかよくわかんない戦いも、企業も組織も軍閥も……」
小さく続けたユーキチの言葉を、ロットは咀嚼を止め聞いていた。周囲の客は、何事も無い事がわかると再び平穏な食事に戻っていった。
「でもよー、ここって良いとこじゃん。ほら、実力主義ってゆーの? 俺様、子供だけど、それでもちゃーんとライセンスくれるんだぜ。こんなこと、今までなかったもん。おかげで、飯にも燃料にも戦闘にも困らないしさ。お前だって、整備の腕買われて働いてんだろ? えー、ほら、会社の名前忘れたけど」
ユーキチは、手に持っているサンドイッチを見つめている。ロットは再びサンドイッチをかじった後、メロンジュースで流し込み話をつづけた。
「ぶっちゃけ、俺様ずっとここにいてもいいかもって思ってんだよね。別に戻るところがあるわけでもないし。お前はなに? なんか、ここ以外でやりたいことでもあんの?」
ロットにそう言われて、ユーキチは「そういうわけじゃないけど……」と口ごもる。
「じゃー、いいじゃん。第一、今までだって雇い主のこと知ってたわけじゃないだろ。にゃはは、そういやここに来る前にめちゃでかいコンテナこっそり運ぶとかいう仕事したけど、あれって何入ってたんだろーな。楽で金たくさん貰えていい仕事だったなー」
ロットの笑い声を聞きながら、ユーキチはサンドイッチの端を口に含み、小さく咀嚼した。
「ここにいれば、一生戦って暮らせるんだろーな。別に、ハイドラとか企業連盟とか霧笛の塔……あれ、山だっけ? まぁ、そんな感じのがわかんなくてもさ。ホント、ここってなんの不満も……」
ロットの元気な喋りが止まった。ユーキチが咀嚼していたサンドイッチの端を飲み込む。
「……僕、ロットの言いたい事、わかるかも」
「へっ、そうかぁ? これって一個だけある不満なんだけどさ。なら、いっせーのーせで言おうぜ」
ロットとユーキチはふたりでにやりと笑った後、少しの間をあけ、そして同時に口を開いた。
「「霧が濃い」」
わっはっはと、二人分の笑い声が響いた。ロットは手元に残ったサンドイッチを口に入れる。
「これだけは残念だよなー。戦闘の時、敵の姿見えづらいし」
「パンも服もかびちゃう?」
「そう!」
「ひっ」
深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。バイオ兵器を蘇生できません。「俺は、辺境の皆に力を与えたかった……なのに、大きな代償の果てに、手に入れたのは、こんなちっぽけな……」深刻なエラーが発生しました。培養液が腐敗を始めています。直ちにコンソールからシステム回復を行ってください。「小さな……力だよ……『ΑΦΡΟΔΙΤΗ』。お前は……」アンセトルド・システム復旧不可能。アンセトルド・ユニット機能停止。不明なコントロールシステムとの接続を終了します。
企業連盟は約1000年もの長い期間存続しつづけている、という噂がある。
ロットは、受信箱の全削除を選択し、ボタンを押した。
第33週目
2017.12.28
「企業連盟が、滅びる……いつかは来ると思っていました。元は、志を同じくした者同士、寂しいですね」「かつて連盟とは、残像領域の永劫環境化計画を共に推し進めました。対禁忌戦闘兵器『ドゥルガー』を開発・生産したのも連盟です」「そして、4人の科学者がいました。アンビエント・ユニットの礎となった4人です。そして3基のアンビエント・ユニットが完成しました」「懐かしい話です。当時私はまだメフィルクとライアという名前でした。4人は一つとなり、一つの目的のために、永遠となりました」「老人はなぜ昔話をするか、たまに思います。結局は、自己の消えゆくものを、他人に託したいのでしょう」「私は不滅です。二人分の命がある私は、無敵の存在なのです。けれども、消滅の恐怖は、決して消すことはできない……そうなのかもしれません」
「……解けてしまう。氷が……晴れてしまう、霧が……残像領域の永劫化が……ああ、どうして……」「深刻なエラーが発生しました」「アンビエント・ユニット機能不全」「霧が……凍った!? 一瞬で……何が起こった!?」「ごらん、ダイヤモンド・ダストが降り注ぐ姿を。全部降ったら、青空が覗くよ。ずっと、ずっと見れなかった青空を」「深刻なエラーが発生しました」「霧粒子制御不可能。残像領域とのコネクションを失いました。直ちにコンソールからシステム回復を行ってください」「いやだ、千年かけて……いや、歴代の守護者が守り抜いた、この世界が……そんな、こんなところで……」「メフィルク。先に行くよ。ああ、これが見たかったんだ。なんて素敵な、青空――」