定期更新型ネットゲーム「MIST OF WAR」(第4期/通称:霧戦争)で書いたSSのまとめです。
参加キャラクター:ロット Eno.230

霧戦争の概要(あらすじ)

ゲームの目的は、戦うことで得た報酬をできるだけ高く積み上げることです

戦う? どうやって? そう、あなたはウォーハイドラ、通称ハイドラと呼ばれる巨大兵器で戦います
戦場を渡り歩き、硝煙をまとい、エネルギー粒子を振りまいて、不可思議な現象を起こし、電子を迸らせ、炎によって敵を焼き尽くす兵器パイロット、それがあなたです。そういった人々はハイドラライダーと呼ばれ、恐れられます

ハイドラには9つの首があります。それは9つの接続端子です。ハイドラ規格と呼ばれるこのハードポイントはUSBのように自由に兵器を接続することが可能です
火器や様々なロボットパーツ、便利な道具類が接続端子によってエネルギー供給を受け、HCS(ハイドラコントロールシステム)によって自由に制御することができます
HCSの中枢であり、9つの接続端子の源が操縦棺と呼ばれる頑丈な箱です。その箱を動かすための移動ユニットを接続してハイドラは完成します

◆残像領域◆
あなたはこの“残像領域”にたどり着いた旅人……あるいは残像領域の住人です
ハイドラライダーとして認められ、莫大な報酬が約束されました
あなたには最低限のパーツで組み上げられた機体がひとつ渡されています
残像領域には、様々な世界から神隠し的に迷い込んだひとたちや機械がよく訪れます
領域はほとんどの時間帯が霧に覆われ、荒野には錆びた飛行機や戦車が放置されています
未開拓な領域の残る不確定な世界です。ほかの世界から迷い込んだ貴重な物資を巡って、日々戦いが繰り広げられています
今回の戦いもそのようなものです。無数のハイドラが群れて、獲物を奪い合う“狩り”の一つです
あなたは迷い込んだ旅人かもしれませんし、この世界に居ついてしまった住人かもしれません
人々は、この領域にどこからか現れて、また別の時空へと旅立っていくこともあります
主な登場人物(参加PC)
rottoblog
ロット

ロボット乗りの少年。8歳。
戦いを呼び込む運命にあり、一か所に長く留まることをしない。主に盗賊、時に傭兵として働き路銀を稼ぐ日々を送っている。

明るくポジティブな性格だが、産まれた時から戦いを経験してきたため、特に他人に対してはドライな面がある。また、非常に好戦的。

激しい戦いと巨乳で美人なお姉さんと食べた瞬間に虫歯になる様な甘ったるいチョコレートが大好き。

普段はおもちゃのようなずんぐりむっくりした車…のような見た目のハイドラで寝泊まりしている。
いざというときは、変形しそのまま戦闘を行う。

yuukitiblog
ユーキチ
とてもネガティブな少年。凄腕の整備士で、ロットの友人。
ロットより2歳年上。 
 
 
続きを読むボタンを押すと、SSが表示されます。  
rottoicondarake「あーん、パンがカビちゃってるー!」

rottoicondamedame「…あ? テロリスト? あぁ……そっかぁ、そういえばそんなことも頼まれてたっけ……」
rottoicondarake「……めしを失った悲しみは、戦いで晴らせという訳ね。なるほどなるほどねー」
rottoicon01「ま、そういうことなら、いっちょやってやるか!」

rottoicondarake「うーん、このパン。かびてるとこ取ったら食べられないかな。うーん……」

第2週目
2017.3.10 
 


人で賑わい、多くの情報が交差するマーケット。その端、閑散とした裏路地に少年ロットの車があった。
そのなかで、ロットは黒い座席に横たわり、マーケットのカタログに目を通している。ラジオからは、アナウンサーがニュースを読み上げるノイズがかった声が流れていた。……しばらくすると、ニュースを読み上げる声のノイズが酷くなり、聞き取れなくなってしまう。

rottoicondarake「あー、このポンコツ!」

ロットは眉間に皺をよせ、ラジオをつかみ取り叩いたり、揺すったりを繰り返す。

 rottoicondarake「今度こそ、スクラップにしてやろうか!」

そう言ってラジオを脅し、ガツンッと一発殴ったところ、飛んできたのはネジだった。ロットの額に勢いよくぶつかり、鈍い音をたてる。ラジオはむりやり留められていた外装を開き、中の基盤をむき出しにして、再びアナウンサーの声を流し始めた。

 rottoicondamedame「くそっ…」

ロットは涙目で額をさすりながら、手に掴んでいるラジオを睨みつけた。

 rottoicondarake「もーっ、ムカつく! このラジオ、今度こそぶっ壊して……」

ピーッ、ピーッ。甲高い通信音が車内に鳴り響く。ロットは、しぶしぶラジオを置き、ヘッドホンを耳にかけ通信機のボタンを押した。

rottoiconzitome「はいはい、こちらサイキョーのパイロット、ロットくんですけどー?」

少々苛立ちが含まれた声が、車内に響く。しかし、通信機越しの相手はロットに淡々と話をはじめた。それを聞いて、苛立っていたロットの表情は次第に嬉し気になっていく。

rottoicon01「え、それホント? やった。じゃ、今から行くよ! えっへっへ、俺様の超スーパーハイドラテク見てろよなー!」

そう、意気揚々と返事をし、通信を切る。車のエンジンをかけると、低いエンジン音が周囲に響いた。

rottoicon01「泥棒集団がいるから手を貸してほしんだって。好きなだけ暴れていいんだと。むふふ、嬉しいねぇ。だから、お前のことスクラップにするのは許してやるよ! やっほーい、出発しんこーっ!」

思い切りアクセルペダルを踏み込み、車を勢いよく発進させる。コンクリートの剥げた悪路を行き、ガタンガタンと上下左右に揺さぶられる車体の中で、ロットは顔がにやけるのを抑えられずにいた。

第3週目
2017.3.17



 今日の霧は肌寒い。

 上着に袖を通ししっかりと着込みながら、ロットは顔を顰めた。大人用の上着では隙間から霧が入り込み、寒さを防ぐには不十分だ。ロットの行く先に子供服を売る店は無いのだ。

 

 整備工場についたロットは、整備に使う油や灯油を借り放りっぱなしだった磨き布を探し出し、今日も車の整備を始める。早速、古いパーツを新しく購入したものに取り替える。霧の濃いこの地の機械は、多少の霧には強かったがそれでも整備を怠ればすぐに錆がつきはじめた。

 パーツの取り換えが終わり、次にボディを見る。戦闘を行うための機体でもあるので、数多の傷が付いていた。その傷を見てロットの眉間に皺が寄る。後で後でと思いながら後回しにしてきた結果だった。結局、今回も面倒くさくて後回しにしてしまう。磨き布を放り投げ、ロットは整備工場を後にした。シャッターの外は真っ白な霧が立ち込めており、絶好の戦闘日和だった。今日も、どこかの戦場では霧に隠れて油と血がぶちまけられているのだろう。

 

 さて、近くのマーケットに着いたロットの心は、先ほどとは打って変わって弾んでいた。戦闘の予定も無く、車の整備も終えたロットの楽しみ! 今日は大好きなチョコレートをたっぷり買い込む日なのだ!

 子供服を売る店は無くとも、パイロットの士気を上げる為に菓子を売る店は多くあった。キャンディも、クッキーも、ラムネも、ビスケットも……。そして何より、ロットの大好物であるチョコレートだってそこには売っている!

 ……はずだった。

 

「は!? なんでチョコレートが売ってないんだよ!」

 

 ロットは声を張り上げて、店員に文句を言う。

 ロットが入っていったこじんまりとした食料品店。いつもなら、様々な種類のチョコレートが並んている棚には、なぜか今日に限ってチョコレートが一枚も無いのだ。

 店員が言うところによると、どうやら企業連盟が進軍を開始する際に大勢のパイロットたちが押し寄せ買い占めていったのだという。店内を見渡せば確かに、チョコレートに限らず甘い菓子類の棚はほとんど空だ。そういえば、ニュースでそんな話をしていたような……と、ロットの脳裏に朧げな記憶がよみがえるが、そんなことでロットの怒りは収まらなない。構わず、苦笑いの店員に怒鳴り続ける。

 しかし、これが大人なら多少怯ませることも可能だろうが、ロットは10歳にも満たない子供だ。店員の子供を宥めるためのわざとらしいため口も、僅かだが次第に苛立ちが込められていく。だが、ロットは構わず怒鳴り、時に嫌味を言い、店の内装に文句をつけ、ついには店員の見た目や態度を批判するまでにエスカレートしていった。

 

 10分後、襟を掴まれ店の外に投げ出されるまでの間、ロットはただただ店内で店員相手に文句を垂れ続けていた。

 

第5週目
2017.3. 31


世界が赤い。霧も、敵機も、自分の腕すら何もかもが真っ赤に染まっていた。

頭がぼーっとする。不意打ちを食らったのだと思う。何が起きたのか、よくわからない。わかるのは、目の前の敵機が自分に向かってブレードを振りかざしていることだけだ。

レバーを握り、思い切り押し倒した。敵機へ向かい自機が突進していく。レバーを握った際にぬるりとした感触を覚え、その時はじめて自分が血にまみれていることに気が付いた。不意打ちを食らった際の衝撃で、頭を強くぶつけたらしい。なら、視界が赤いのは血のせいか。

そう思うと、じわりじわりと不愉快な気分になってくる。静かな怒りで満ちてくる。手元がぬるぬるとして不安定なのが、何より不快だった。こんなんじゃ、気が散ってせっかくの戦いが台無しじゃないか。

敵機がブレードを振り下ろすよりも速く、自機は相手の懐に入り込み硬質ダガーを突き刺した。敵機はバランスを崩し、無様にも横倒しになる。そのまま、相手の操縦棺をダガーで突き刺した。液体のようなものが見える。視界が赤いのでわかりづらいが、きっと敵パイロットの血だろう。思わず、にやりと意地の悪い笑みが漏れた。俺様がこんなに血まみれになったんだ。なら、大人なお前はその倍流さなきゃ、不公平だよなぁ?

通信が入る。どうやら、戦闘が終わったらしい。

 

「どうした? おい、返事をしろ」

 

うるさいやつだな、と言おうとして声が上手く出ていない事に気が付く。にゃへへ、と笑ってごまかそうとすると、出てきたのは笑い声ではなく今朝食べた未消化のパンだった。胃液とパンの混合物が操縦席を汚していく。それを見ながら、あぁ前に掃除したばっかなのに、と冷静に考える。

通信機から声が聞こえる。何を言っているかはわからない。段々と眠くなってきたので、目をつむった。その後は覚えていない。

 

・・・

 

目を開けると、そこには白い天井があった。そして……、久しぶりに見る辛気臭い顔。

 

「あ、気が付いた……? よかった。このまま、死ぬのかと思った」

 

どうやら、病院のベッドに寝かされていたらしい。消毒アルコールの匂いが鼻をくすぐった。それよりも…と、ロットは訝し気に眉をひそめる。そして、その少年の名前を口にした。

 

「ユーキチ?」

 

ユーキチ。それがロットの目の前にいる少年の名前だ。

いつも目元にクマをつけた暗い顔をしており、しかし口元は引きつったような笑みを浮かべている。性格も見た目の通り、ひどくネガティブな性格をしていた。ロットより2歳年上の知り合いだ。こんな性格ではあるが、ユーキチの持つ機体整備の腕は非常に優秀だった。残像領域に来る前、よく難癖をつけて無償で整備を頼んでいたことを思い出す。

 

「ひ、久しぶりだね、ロット。や、僕さ、戦車のメンテナンスしてて、ちょっと休憩しようと外出たら、なんか戦場にいてさ……。なんか、ロットの車っぽいロボ?の中でロットが倒れてたから……。た、多分脳震盪だと思うんだけど……。あ、勝手に操縦棺、入ってごめんね? え、えへへ……」

 

ユーキチの話がたどたどしくて、ロットは軽い怒りを覚える。要は、いつの間にか戦場にいて、機体の中で倒れているロットを見つけて救助したらしい。

ロットは、昔からユーキチのたどたどしく回りくどい話し方が嫌いだった。

 

無視してやろうかと思っていたロットは、ふと、思いつく。

 

「本当に悪いと思ってんのか?」

 

「……え?」

 

「本当に悪いと思ってんのかって聞いてんだよ」

 

ユーキチの瞳孔が開き、口元の笑みが強くなっていく。ユーキチの笑みが歓喜から来ているものではないことを、ロットは知っていた。ロットの口元も、ユーキチと同じように笑みを浮かべていく。ユーキチが脂汗をたらしながら、口を開く。

 

「臓器あげまひゅ……」

 

「ひゃへっ、いらねぇよ。お前は相変わらずだな。そーだなぁ、悪いと思ってるんなら、ちゃんとシャザイのセーイを見せてもらわなくちゃなぁ」

 

大人の真似をしてあやふやな理解しかしていない言葉を使い、ユーキチにプレッシャーをかけていく。ユーキチの顔をちらりと見ると、まるで死刑を宣告された犯罪者のような絶望的な表情をしていた。ひゃへへ、とロットは笑った。ユーキチの性格や喋り方は嫌いだ。しかし、いつも変わらず暗い目元と引きつり笑いの口元のくせに、しかしその感情は手に取るようにわかってしまう不思議な表情の変化については、面白くて好きだった。

 

「そーだ、お前、次の戦いまでに俺のハイドラ綺麗にしとけ! もちろん、内部もしっかりな」

 

思っていたより軽い命令だったためか、ユーキチの顔に安堵の表情が見えた。しかし、ロットのニヤニヤ笑いで気が付いたのか、ユーキチの青白い顔が更に蒼白になっていく。今の、ロットのハイドラ。その操縦席は……。

 

「セーイだよな。セーイ」

 

ロットがひゃははと笑う。それにつられてか、ユーキチもえへへと笑った。ロットは、ユーキチのそれが歓喜の笑みでないことを、自身がいま使っている言葉の意味よりもしっかり理解していた。

 

第6週目
2017.4.7



「この死んだってひと、あの、メール送ってきた人じゃない?」

 つけっぱなしのラジオから流れてきた殺害事件のニュースを聴きながら、ユーキチが言った。

「メールなんて来てたっけか?」

 ロットはそう言いつつ、古びた携帯ゲーム機のモノクロ画面をぼうっと見つめている。

 トタン屋根に雨粒の打ち付ける音が響いている。空は厚い雨雲に覆われ、まだ正午をまわったころだというのに窓の外は薄暗い。整備場の隣、六畳一間の住居スペースにふたりは居た。今日は戦闘も無く、整備もすでに終えてしまった。やることのないふたりは、薄暗くかび臭い部屋で暇を持て余していた。

「聞いてないの……。あの、ほら、ロット宛ての音声メール……、あっ、ごめん勝手に見て……。なんかメールマガジンとかいろいろたまってたから……」

「別にいいけどよ。どうせ、ろくなメール来ないし。で、なんだって? 誰が死んだんだよ」

「ほ、ほら、ノラってひと……。苗字は知らないけど、多分、同じ人なんじゃないかな」

 ノラ。その名前を聞いて、ロットは思い出した。そういえば、以前からメールを受け取っていたように思う。霧笛の塔をリストラされただか何だかで、犬のブリーダーになりたいとか言ってたやつか?

 霧笛の塔は、ハイドラ大隊の総指揮を執る集団だ。ハイドラライダーであるロットの契約主にあたるが、ロット自身もその存在を詳しく知らない。

 知ろうとしていない、と言った方が正しい。余計な詮索は、時として命取りになる事をロットは知っている。

 ロットは、ひとたびハイドラに乗り込めば狂戦士のごとく戦場を駆け敵を薙ぎ払うハイドラライダーである。しかし、ハイドラを降りれば何の力も持たない正真正銘、ただの非力な子供であった。

「おかしな正義感にあてられて、余計なことに首つっこんだんじゃねーの。どこにでもいるよな、そういうバカって」

 嘲笑した。すると、ふと視線を感じる。ロットが画面から目を離すと、珍しくユーキチが眉を吊り上げて、こちらを見ている。

「し、死んだ人を馬鹿にするのは、良くないよ」

「はー、お説教とか勘弁してくれよ」

 ロットは大げさにため息をつき、ゲーム機に視線を戻す。ピコピコとした電子音、画面に並ぶ四角いブロック。ロットはボタンを押し、ひたすらに画面内のブロックを埋め消していく。スコアは伸びていくが、ハイスコアには届かない。

「……死んじゃうなんて、かわいそうだ」

 ユーキチが言った。そして、ロットにこう聞いた。

「……ロットも、戦場で、死ぬの?」

 ロットはユーキチを見ない。「ふーん」と、生返事だけが返ってくる。

 雨雲の分厚さは増し、辺りは一層暗くなっていく。

 とうとう、画面が見辛くなったロットは、部屋の明かりを付けようと立ち上がった。ユーキチは、ノラのことを考えているのか窓の外をぼうっと見つめている。

「戦場で死ぬのは弱いやつだけだ」

 ロットが言った。ユーキチは、ロットの方に目を向ける。

「俺様は強いから死なないよ」

 ロットが電気を付ける。部屋が明るくなる。ロットの表情は薄く、しかし余裕の笑みを浮かべている。ゲームの画面はハイスコアを示していた。

「そう、だね。ロットは、強いもんね」

 少しだけ笑顔になったユーキチが言った。

 

第7週目
2017.4.14 



「助けてくれ! 助けてくれーっ!」

 ロットは、混線する通信機器を睨み、やっぱり新しく買い替えておけばよかったと後悔していた。誰かの悲鳴と怒号が聞こえる。恐らくは、敵軍隊のものだろう。こちら……第11ブロック小隊は優勢のようだ。混線した通信から窺い知れる。

 大人が赤ん坊みたいに泣き叫ぶのは情けない。ロットは常々、そう思っていた。戦場に出るなら、死ぬくらい覚悟しておけってんだ。

 レーダーに敵の機動破壊兵器の位置が表示された。ロットは電子ブレードを振り濃霧を薙ぎ払い、そのまま機動破壊兵器に突き立てる。手負いだったらしく、そのまま撃墜した。ロットは目を伏せた。その口角は笑みを抑えきれないのだろう、上がりきっている。肌にはじとりと汗がにじんでいた。

「まだだ、まだ耐えるんだ」

 誰の声だろう。気が散る。通信機を叩き壊してやろうかと思ったが、それでは自軍から入る敵機の位置情報がわからなくなるため、ぐっと堪えた。その苛立ちを敵軍へと向ける。トーチカの位置情報が流れてくる。スピードを上げ突進し、怒りに任せてパイルを撃ち込んだ。小さな要塞であったトーチカは、その分厚い壁ごと粉々に砕け散る。土煙が濃霧と混ざり、視界はより悪くなっていった。

 

 ガヒョンっ。へんてこな音を立てて、スピーカーが外された。

「うわ…、よくこんなの使えてたね。あ、いや、ごめん。悪口とかじゃなくて……」

「いーから、ちゃっちゃと付け替えてくれよな。新しいやつは…えっと、これか」

 ロットが持っていたビニール袋から新品のスピーカーを取り出し、ユーキチに渡した。ユーキチは今日も何度口にしたかわからない「ごめん」を繰り返し、取り付け作業のため壁のケーブルへ向き直る。さらさらと水の音が聞こえ、ユーキチは不思議そうに操縦棺の壁に手を当てた。

「へんなコックピットだよね。水の音が聞こえるなんて」

「水の音?」

「あ、ロットには聞こえないの……? ほら、さらさら水の流れる音がするでしょ」

ロットは耳を澄ました。水の音がささやかに響いている。

「うわ、マジだ初めて知った。あー、俺様、ここにいるときって戦闘の時ばっかだからなぁ。車磨くときと違って、こういう戦闘形態の整備めんどいし、企業の整備士に任しちゃうし。俺様、ハイドラのこと全然わかんないしさ」

 そう言って、ロットは不思議そうに操縦棺の壁に耳を当てている。さらさら、さらさら。

「お母さんにだっこされてるみたいだ……」

 そう言ったのは、ユーキチだった。ロットは少し不満げな顔をして、壁から耳を離した。

「ふーん。にしても、これって名前に棺〔コフィン〕ってついてんだよな。戦士が乗るコックピットが棺だなんて、悪趣味だぜ」

 操縦棺。ロットはそれを単なるコックピットとしてしか認識していなかった。しかし、なるほど言われてみればその不思議な水の音は心地よく、安心感をもたらしてくれる。ユーキチが言った感想には、いまいち共感できなかったが。

「それは……、やっぱり戦いの多い場所だし、実際に棺になる場合も……その……そういうのを考慮した……のかも?」

「ひひひ、確かに戦場で死んだらそこが墓になるわけだし、そーゆー方が便利かもな」

「そ、それはわからないけど……」

 少しの沈黙。さらさら、さらさら。流れる水の音のおかげか、そんな会話を繰り広げても張り詰めたような空気にはならなかった。あるのは、ロットの些細な疑問と、ユーキチの少しの戸惑いだけ。さらさら、さらさら。

「なんだか、ここが静かなのって変な感じだ。それに、この音聞いてると眠くなってくるな……」

 ロットの口から大きなあくびが漏れた。ユーキチがほほ笑んだ。

「た、戦ってきたばかりだもんね。それじゃ、整備、終わったら起こすよ」

「ていうか、お前全然作業進んでないじゃん。さっさと俺様をオンボロ通信機の悪夢から解放してくれよな」

 ユーキチは再びごめんと謝る。そして、作業を進める手を動かしながら、言った。

「……おやすみ、ロット」

「うん」

 ロットは、目をつむる。水の音とユーキチの機械をいじる音が心地よくて、寝入るまでに時間はかからなかった。

 

第8週目
2017.4.21



「ろ、ロットって、雇い主の事どれくらい知ってるの」

 昼下がり。ロットとユーキチは、古ぼけたカフェテラスで食事をとっていた。ふたりの間にある丸テーブルの上には、大きなサンドイッチが2つと無果汁のぶどうジュースとメロンジュースがひとつずつ。

 聞かれたロットは、サンドイッチに伸ばす手を一瞬止め、ユーキチの顔を見る。しかし、すぐに視線をサンドイッチへ戻し、具材がこぼれないようにうまく両端を抑えながら手に取った。

「雇い主って、企業連盟とかいうやつのことか?」

 そのまま、大きな口を開けがぶりとサンドイッチに食らいつく。

「知ってるぞー。名前くらいはな!」

 咀嚼しながら、言葉をつづけた。口の周りにはケチャップとマスタードがべったりとついている。ユーキチは困り顔で、机に上に乗りだし持っていたティッシュペーパーでロットの口元を拭ってやった。

「やっぱり、ロットも知らないんだね」

 ユーキチの顔はより一層不安の色を濃くしていく。サンドイッチを手に取るが、口に運ぶまでには至らなかった。

「あのね、こ、この場所……残像領域ってさ。僕の持ってた地図には載ってないんだ。それに、企業連盟についての情報もね、あ、僕ちょっと調べてまわってるんだけど……、全然見つからないの。だから……その……」

「うへーっ、お前ってホント回りくどいよな! 結論から言えって、結論から!」

 段々と消え入っていくユーキチの言葉に、ロットが呆れ半分といった様子で言い返す。ユーキチは深呼吸をし、少し間を置いた後……

「僕らの居た場所に戻ろう、ロット!」

 叫んだ。普段、出さないのだろう調整しきれていない大声に、まばらにいた客も目を丸くしてユーキチの方を向いた。もちろん、ロットも。その視線に気づいたユーキチは、顔を真っ赤にし縮こまる。

「……こ、ここって、なんか変だよ…。ハイドラとかいうシステムも、なんかよくわかんない戦いも、企業も組織も軍閥も……」

 小さく続けたユーキチの言葉を、ロットは咀嚼を止め聞いていた。周囲の客は、何事も無い事がわかると再び平穏な食事に戻っていった。

「でもよー、ここって良いとこじゃん。ほら、実力主義ってゆーの? 俺様、子供だけど、それでもちゃーんとライセンスくれるんだぜ。こんなこと、今までなかったもん。おかげで、飯にも燃料にも戦闘にも困らないしさ。お前だって、整備の腕買われて働いてんだろ? えー、ほら、会社の名前忘れたけど」

 ユーキチは、手に持っているサンドイッチを見つめている。ロットは再びサンドイッチをかじった後、メロンジュースで流し込み話をつづけた。

「ぶっちゃけ、俺様ずっとここにいてもいいかもって思ってんだよね。別に戻るところがあるわけでもないし。お前はなに? なんか、ここ以外でやりたいことでもあんの?」

 ロットにそう言われて、ユーキチは「そういうわけじゃないけど……」と口ごもる。

「じゃー、いいじゃん。第一、今までだって雇い主のこと知ってたわけじゃないだろ。にゃはは、そういやここに来る前にめちゃでかいコンテナこっそり運ぶとかいう仕事したけど、あれって何入ってたんだろーな。楽で金たくさん貰えていい仕事だったなー」

 ロットの笑い声を聞きながら、ユーキチはサンドイッチの端を口に含み、小さく咀嚼した。

「ここにいれば、一生戦って暮らせるんだろーな。別に、ハイドラとか企業連盟とか霧笛の塔……あれ、山だっけ? まぁ、そんな感じのがわかんなくてもさ。ホント、ここってなんの不満も……」

 ロットの元気な喋りが止まった。ユーキチが咀嚼していたサンドイッチの端を飲み込む。

「……僕、ロットの言いたい事、わかるかも」

「へっ、そうかぁ? これって一個だけある不満なんだけどさ。なら、いっせーのーせで言おうぜ」

 ロットとユーキチはふたりでにやりと笑った後、少しの間をあけ、そして同時に口を開いた。

「「霧が濃い」」

 わっはっはと、二人分の笑い声が響いた。ロットは手元に残ったサンドイッチを口に入れる。

「これだけは残念だよなー。戦闘の時、敵の姿見えづらいし」

「パンも服もかびちゃう?」

「そう!」

 ロットの返事に、ユーキチは再び笑う。ユーキチは手元のサンドイッチを、今度は大きく口を開け噛みちぎった。 

第9週目
2017.4.28



「ひっ」
「……お前なー、いい加減慣れろよな」
 小さな悲鳴を上げロットの背後に隠れたのは、ロットの友人ユーキチだ。ロットの前には、体躯の良い男がひとり。
「私は、怖がらせるつもりはなかったのですが……」
 困り顔でそう言った男は、服装からして整備士だろう。ロットの機体の整備が終わったと報告に来たところのようだ。子供に対しても敬語を使うその姿勢からわかる通り、男はただ単に声をかけただけだった。背中に隠れるユーキチを無視して、ロットは整備の報告を受ける。ヒートソードの燃料代等々、支出は相変わらずロットの頭を悩ませるが、同時に残像領域でのユーキチの臆病さも悩みの種であった。
 ユーキチは、大人を怖がる。しかし、一時的に雇われている身であれど整備士として仕事をしていると言っていた。巨大な機体をみることが多いだろう残像領域において、ユーキチがいくら有能な整備士だとしても、まさかひとりですべての整備をこなしているとは思えない。どこかの時点で、共同作業は発生するはずだ。
「お前、仕事の時どうしてんの」
「へ……?」
 ユーキチは突然の質問に対処できない様子で、ロットの顔を見返した。少しばかり、声が震えている。
「ユーキチさんはよく働いてくれてますよ。あまり、喋ったりはしないんですが、そのおかげか仕事が早いです」
 整備士の男が答えた。ユーキチのような少年に対しても、さん付けで呼ぶ慇懃な態度にロットはふふんといい気分になる。
「へー、仕事できてんのな。整備場の片隅でブルブル震えてるだけの給料泥棒だと思ってた」
「そ、それはひどいよ。ロット……」
 ロットと話して普段の調子を取り戻しつつあるのか、その声音は普段のそれと大差ないものに戻っていた。にゃへへ、とロットは意地悪い笑みを返す。

 整備結果の報告書を受け取り整備士の男と別れを告げた後、ロットはユーキチと共に六畳一間の住居スペースへと戻っていた。帰宅してからまずすることは、報告書を読まずにゴミ箱につっこむこと。
「あー…、ちゃんと読まないとあとで困るよ……」
「いーんだよ。どーせ俺様、読み書きとか苦手だし。それより、ユーキチ」
 ロットが後ろにいたユーキチへ振り向いた。
「お前、そろそろマジで大人と喋れた方が良いぞ」
 ユーキチが俯く。
「ぼ、僕もいろんな人と喋れた方がいいのはわかるんだ。で、でも……やっぱり大人の人と話すとき、こわくて……」
「練習しとけ。練習。ここの連中、面が気に食わないとかで殴ったりしないから。あ、壁に大人の絵でも描いといてやろうか? それに話しかければいい練習になるだろ。にししっ」
 そう言うと、ロットは油性ペンを持ち出し喜々として壁に絵を描き始めようとする。ユーキチはそれを見て、慌ててロットと壁の間に立ちふさがり、間一髪借家への被害を防いだのだった。

第12週目
2017.5.19



 時刻は正午を過ぎたあたりだというのに、整備工場は薄暗くまばらに電灯がつけれらていた。
 そんななか、工場の薄暗さと同じく不穏な雰囲気を漂わせている子供が2人いた。ひとりは正座をし頭を垂れ、もうひとりはその前で不機嫌そうに腕組をしながら仁王立ちしている。
「何か、弁解はある?」
 つけっぱなしのラジオから、堅実そうなニュースキャスターの音声が流れてくる。本日のニュースです――
「無い…っすね」
 慣れない敬語を使う少年は、ハイドラライダーのロットだ。それを睨みつけているのは、整備士のユーキチだった。

 ユーキチが持っている白い紙は、ハイドラのアセンブルを記入する書類だ。ハイドラ機体のパーツ構成やシステムに変更がある場合、ハイドラライダーであるロットがこれに記入しユーキチとその他ハイドラを整備する整備士に新たな仕様を伝える決まりになっていた。ハイドラライダーが高給取りと言えど、質のいいパーツはそのほとんどが高額である。整備士たちはそのアセンブル表を見て、ロットの資金と相談しながらハイドラを改造していく。
 しかし、ユーキチの手に持っていた書類には、空欄があった。脚部パーツを記入する欄に、何も書かれていないのである。
「まぁ、ロットがおっちょこちょいなのは知ってるから、空欄だったのは咎めないよ。僕が怒ってるのは……」
 ロットは困った顔でうなだれている。ロットの後方には、ボロボロになったハイドラ機体。脚部には、突貫工事でくっつけた仮設脚部が付けられていた。
「僕のいない間に他の整備士に適当な脚部パーツくっつけさせて戦場に出たことだよ。びっくりしたよ。そんな、脚部なんて戦闘機の生命線ともいえるパーツをないがしろにして戦場に出るなんて」
「……だぁって、早く戦闘したかったし。早くいかないと、戦い終わっちゃうし……」
 ロットがうなだれたまま、口を開いた。機体の状態より戦場に行きたい気持ちが勝ったらしい。ふざけるんじゃない、とユーキチが怒りだす。
「自分の機体がどんな状態か、ちゃんと確認した!? 見た!? あんなの、いつ稼働しなくなってもおかしくないんだからね! 戦場で身動き取れなくなったら、それこそロット死んじゃうよ!」
「……いやぁ、今回は……にゃへ、すんませぇん……」
 ロットの、どう謝るべきか迷っているような、そんな返事が返ってくる。ロットにしても、今回はまずかったと思っているらしい。
 ユーキチは手に持つ書類をくしゃりと握りしめ、いかにロットが危険な状態であったかを怒りながら説明していく。それは、ロットの身を案じた故の説教であったが……
「にゃ……、今日のユーキチ、こわぁい……。いつもみたいにどもってないし……」
 ロットには一切伝わらず、結果その表情を困らせる程度の働きしかもたらさなかったとか。

第13週目
2017.12.26



「やっぱ、マシュマロだよなぁ」
 ロットはモニターを見ながら、そうつぶやいた。モニターに映るのは、荒野の中におおきな白い楕円状の球体がひとつ。
 ロットは今、バイオスフェア要塞へ大隊と共に遠征をしていた。霧の荒野を進めども進めども景色は何時間も変わることなく、ようやく変化が現れたと思ったらまるでマシュマロのような物体が鎮座していた。ロットからすれば、そんな妄言を吐くくらいしか楽しみの無い、つまらない遠征だった。
『……、バ、バイオコクーンだ……。写真でみた通りの見た目だね。で、でも気を付けて。何してくるか、わからないんだから』
 通信機から、ユーキチの声が聞こえてくる。ユーキチは残像領域の機会都市群、住居兼整備場から通信している。ハイドラライダーではないユーキチは、バイオスフェア要塞への戦いには参加させてもらえなかったらしい。しかし、ロットの事が心配だからと頼み込み、通信だけならばと許可を得たのだとか。
 まぁ、ヒマつぶしにはなるな、とロットは思った。眠たげな瞼を擦り、あくびをひとつ。普段は排除対象のこざかしい盗賊どもも、ハイドラ大隊の進軍となればその視界に入ろうともしない。あまりに退屈で、ともすればそのまま昼寝してしまいそうなほどであったが、いくらハイドラライダーと言えど居眠り運転はご法度である。
「ゆ、油断しないでねっ。何してくるか、わからないんだから……」
「つったって、こんなマシュマロに何ができるっていうだよ。手足が生えてマシュマロロボにでもなるってのか? にゃひゃひゃ、そんな漫画見たことあったなー」
「ろ、ロットったら……。もう、敵はこんな目の前にいるっていうのに……」
 そう言って、画面の中のユーキチが困った顔をした。

「にゃーはははははーーッ!!」
 砂煙。霧。硝煙と火花。火器の発する轟音。
「あーッ、こいつらどんだけ湧いてくるんだ!?」
 ハイドラを操縦するロットの手に汗がにじみ、額には汗がつたっている。笑声とも怒声ともつかない大声を張り上げながら、操縦桿やレバーを忙しなく動かしていく。大きく見開かれた目に映るのは、モニターに映された大量のバイオ兵器だ。
「でっかいマシュマロじゃなくて、でっかいカマキリの卵かよー! にゃははっ! はっは、クソッ、邪魔だ!!」
 ロットの機体には、すでに多くのバイオ兵器が組みつき装甲に穴を空けようと噛みついてきていた。それを、ヒートソードで次々と切り剥がしていく。一匹一匹に大した力は無くとも、恐るべきはその物量だった。
「戦闘でこんな腹立たしいのは初めてだ! 戦闘ってのは、もっとすっきりと気分のいいわかりやすいもんじゃなかったか!?」
 悪態をつきながら、こちらに向かって飛んでくるバイオ兵器をなぎ倒していく。しかし、いつまでたっても状況が良くならない。無限に続くかというバイオ兵器の物量が、進攻中の荒野を連想させてロットの気分をさらに悪くした。
 シュルシュルシュル……。
 バイオコクーンがバイオ兵器を生み出す音だろうか。戦場の騒音のなかに毛糸を解くような音が聞こえた。きっと、まだまだ戦闘は長引くのだろう。
 隊の仲間がロットの周囲で、同じくバイオ兵器相手に戦っている。霧の向こうで、火器が火花を散らす光が見えた。
「あーっ、俺様も銃器買おうかなぁ。遠距離武器、便利そうでいいなぁ」
 そんなことを言いながら、大量のバイオ兵器を撃退していく。バイオコクーンに一発ヒートソードを食らわせたいとも思ったが、バイオ兵器の邪魔は留まることを知らずハイドラ大隊に攻撃を仕掛け続けていた。

 戦闘が終わったのは、夕方を過ぎた頃だった。
 ロットが我に帰ったのは、通信機から戦闘終了の知らせが入ったときだった。気づけば、息が上がり腕に力を入れすぎたのか筋肉がじんじんと痛んでいた。見開きっぱなしだったのか、目がかすむ。
『お、おつかれさま。ロット』
 ユーキチからの通信が入る。戦闘時に声が聴こえなかったなと思い出した。
『戦闘で電波が混雑してて……、こっち側からの電波が届かなかったみたい。で、でも無事でよかったよ』
「あたりまえだろ。あんなマシュマロカマキリ卵に負ける俺様じゃねーよ」
『ま、マシュマロカマキリ……?』
 ユーキチが戸惑っていると、ロットは椅子に深く腰掛けゼンマイの切れた人形のように動かなくなった。目線だけを、モニターに向けている。
『……こっちからは戦闘状況は見れなかったけど、た、大変だったみたいだね』
「……おー、なんだか疲ればっか残る戦いだった気がする。はぁ、俺様このまま寝ちゃいたいよ」
『そ、それはダメだよ。帰ってくるまでが遠征だからねっ」
「……おー」
 しばらくすれば、各隊集合の通信が入るだろう。周囲を見回せば、各々火器を収めたり戦闘形態を解除したり。ロットの機体も戦闘形態から通常の小型車へと変形させることができるが、それでは他のハイドラたちの速度にはとうてい追いつけない。なので、やることといえばせいぜい使用していたヒートソードのエネルギー供給を切り収納するだけだった。地面には、たくさんのバイオ兵器が倒れている。中には、完全に死んではいないのだろう、ぴくぴくと蠢く瀕死のバイオ兵器もあった。
 ロットはバイオコクーンに視線を移す。一部が割れているように見えるが、こちらから見る分には大した変化は見当たらない。
『……なんか、かわいそうだったね』
 ユーキチが言った。ロットは、何のことかわからず聞き返す。
「なにが。あのマシュマロカマキリ卵がか?」
『……ロットは、聞いてないの? ロット、戦闘中って夢中になって他の事耳に入らないもんね……』
 自分が夢中になっている間に、なにかあったのだろうか。ロットは首をかしげる。すると、ぐぅと腹の虫が鳴った。
『あはは、カマキリの次は腹の虫だね。そうだ、帰ってきたらオムライスにしよう。帰ってくるのは明日の朝になるかもしれないけど……。えへ、楽しみだなぁ』
「そりゃ、お前の好きなものだろ。……にゃへ、俺様はチョコレートライスがいいな。カレーライスのカレーの代わりにチョコかかってるやつ……」
『それはどうなの……』

 深刻なエラーが発生しました。
 深刻なエラーが発生しました。
 深刻なエラーが発生しました。
 深刻なエラーが発生しました。
 バイオ兵器を蘇生できません。
「俺は、辺境の皆に力を与えたかった……なのに、大きな代償の果てに、手に入れたのは、こんなちっぽけな……」
 深刻なエラーが発生しました。
 培養液が腐敗を始めています。直ちにコンソールからシステム回復を行ってください。
「小さな……力だよ……『ΑΦΡΟΔΙΤΗ』。お前は……」
 アンセトルド・システム復旧不可能。
 アンセトルド・ユニット機能停止。不明なコントロールシステムとの接続を終了します。

『ねぇ、ロット』
「ん?」
『僕、ロットがロットでよかったよ。……多分、ロットだったらあんな悲しい結末にはならないから……』
画面の向こうのユーキチは、もの悲し気な表情を浮かべていたように見えた。いつもの整備場から通信しているのか、夕日が反射して表情がはっきりしない。
『ロットは、誰かの希望とか、責任とか、背負わなくていいからね。ハイドラライダーになっても、ロットはロットなんだから』
「……。はん、当たり前だろ。俺様、宵越しの金は持たねータイプだからな」
『……うん、ロットはそういうひとだよね』
「俺様、自分の身の丈に合わないもんは持たない主義なんだよ。あんま重いもん持ってると、潰されちゃうからな」

2017.12.26



 バイオスフェア要塞は攻略され、ハイドラ大隊の遠征は終わりを告げた。
 次なる目標はストラトスフェアという要塞らしい。まぁ、まだ先のことだ。しばらくは、あの謎の要塞を攻略した褒美として休暇を楽しむのがいいだろう。あんな得体のしれない要塞へ向かうとロットが言った時は肝が冷えたが、のど元過ぎれば熱さを忘れるとはよく言ったもので、今となってはロットが時折するバイオスフェアの土産話を楽しみにしているほどだ。

「なぁなぁ、知ってるか? 今度、ハイドラ同士を戦わせるってやつ」
 ユーキチがあからさまに嫌な顔をしているのを無視して、ロットは期待を孕んだ目をしてそう言った。分厚い雲に覆われている薄暗い空の元、いつもの整備工場は相変わらず人気も少ない。
 ふざけている、とユーキチは思う。遠征を成功させたハイドラライダーたちは、一躍して残像領域の英雄となっていた。そんなハイドラライダーたちを戦わせて見世物にするだなんて、企業連盟の考えていることがますますわからない。
「だ、ダメだよ、そんなの。ハイドラライダーがそんな胡散臭い見世物にされるの、僕は嫌だし……。だ、第一、コロッセオだって反対だったんだから……」
「別に、戦えて金貰えるならなんでもいーじゃん。ユーキチはあれだな。お堅いな~。にゃへへっ」
 ロットが笑った。ユーキチは、そんなロットを不服な様子で見つめている。
「でもでもさ、一度やってみたいよな。ハイドラバトル! 強いやつと強いやつが戦ったら絶対面白いと思うぜ!」
「……不毛だよ。そんなの」
「ひゃっひっひ、今更だろ?」
 ふと、ロットが意地悪な笑みを浮かべる。ユーキチは、思う。ロットは強い相手とのギリギリの戦いを好む。今までもそういやって、強敵との戦いを求めて渡り歩いてきたのだ。ロットにとって、弱者相手の戦いはただのつまらない作業だった。例え、それがどんなにたくさんの人々に感謝されることだろうと、強敵と戦えなくては何の意味も無いのだろう。
「お前、俺様のこと誤解してるぜ」
 びくり、とユーキチの肩が跳ねた。頭の中でも、読まれたのだろうか? まさか、エスパーじゃあるまいし……。
「俺様のこと、ただの強い敵と戦いたい戦闘狂だと思ってるだろ」
 ユーキチの頬がつままれ、左右にぐいーと引き延ばされる。痛い痛い、という声も歪んだ顔もおかしくて、ロットはニヤニヤと笑った。
「お前、わかりやすいんだよなー。にゃへへ」
「らって、ふよいへきとひゃひゃひゃいひゃいって、ろっほが……」
「強いやつと戦えたら、そりゃいいけどな。それよりもっと、大事なことがあんだろ~?」
 強敵と戦うよりも大事なこと? ユーキチのなかのロットは、機体を自由に操り強敵との戦いと甘いチョコレート、そして美人のお姉さんを好む弟のような存在だった。長い付き合い――といっても、お互いに子供なので、大人たちからみればきっと大した年数ではないのだろうが――故に、ロットの性格や趣味嗜好は一通り認識しているつもりだ。今更、ロットの中で強敵との戦いより大事なことがあるというのだろうか?
「俺様、ただの機械相手に興奮しないぜ。やっぱ、人相手が一番だ。ひゃひっ、そう考えるとハイドラ対ハイドラってなかなか良いと思わない?」
 残像領域は、戦闘が日常化した地域だ。国と国とのいざこざは無くとも、企業同士がにらみ合い代理戦争により血が流される。そんな血なまぐささに鼻が慣れてしまったせいで、すっかり忘れていたことがあった。
 ロットは戦闘狂であると同時に、とびきりの戦争屋でもあった。
「ま、残念なのが、飽くまで試合ってとこだろーな。味方のハイドラライダー殺すわけにもいかないしな」
 ぱっと、ユーキチの頬を離し、ロットは言った。
「いっそ、あの企業連盟ってのが内部で対立とか起こしてマジもんのハイドラ対ハイドラ戦争が起これば、文句なしなんだけどな~」
 ユーキチは、つねられた頬を撫でながらロットの言葉を聞いていた。戦争が起こればいい、なんておそろしく不謹慎だ。
「そ、そんなこと、言うもんじゃないよ……」
 ユーキチが反論する。ロットより年上であるというプライドと責任感が、口を動かすのだろう。ロットが振り返る。不機嫌に文句を言ってくるのかと身構えたユーキチだが、当のロットはまだニヤニヤ笑いを保っていた。
「な~に、いいこちゃんぶってんだ。マジバトルが繰り広げられるってことは、お前の大好きな整備だって好きなだけできるんだぜ?」
 ユーキチの眼が見開いた。
「お前だって、ちょっと前までは子供ってだけでろくにまともな整備工場使わせてもらえなかったじゃん。整備のための工具すら触らせてもらえない。自分の方が、もっと上手に機体を見れるのにな? あんな惨めな思い、ここじゃしなくていいんだぜ」
 ロットが笑っている。
「もっと苛烈な戦争が起きればさ~。人手が足りなくなって、必然的に色んな機体に触れられるチャンスになるだろ。いいじゃんいいじゃん。最高じゃない?」
 その言葉を聞いたユーキチの眼は、抑えようとしても抑えきれないほどの輝きをはらんでいた。

 悪い子供がふたりいる。ひとりはハイドラライダーで、ひとりは機体の整備士だ。
 悪いのはロットだけだと思っていたが、どうやら自分も同じ穴の狢であったようだ。
 ここ数日、ユーキチはハイドラの凹んだ装甲を直すたびに、ロットの言葉が頭をよぎっては手に汗がにじむのだった。

第19週目
2017.7.7



 企業連盟は約1000年もの長い期間存続しつづけている、という噂がある。
 もちろん、誰も本気にはしない。他に話題の無いつまらない大人たちが作り上げた、つまらない噂話だ。
 ロットは、パーツを作成する手を休めるために整備場のベランダで休憩をとっていた。ユーキチが、昨日買ってきたおやつと缶ジュースを手にやってくる。気が利くな、とロットは缶ジュースを受け取り、プルタブを開け口にする。栄養ドリンクのような、薬のような味の安っぽいジュースだ。
 霧に覆われた街の空を見上げると、相変わらずどんよりとした灰色の雲に覆われていた。
「なぁ、1000年ってなに?」
 ロットが、空を見上げながら言った。
「い、1000ねん……?」
 ユーキチが戸惑いながら聞いた。質問の意図がわからない、といった風だ。
「企業連盟が1000年生き続けてるって、あれ」
 ロットが雑な補足をする。すると、ユーキチは、あぁ、と頷いた。
「よ、よくわかんないけど……、いくら大きくても企業の組合がそんなに長続きするとは思えないし、フィクションだと思うよ」
 夢はあるけどね、とユーキチは付け加えた。ロットの中では、何かが1000年も続くというのは全く想像ができないし、何よりそんな長い年月についてはっきりとしたイメージを持てていなかった。自分が生まれる前のことなんて、考えも及ばないし、考える事自体無駄だと思っている。
 ユーキチが、クッキーの箱を開ける。チョコレートでコーティングされたもの、ジャムのはさまったもの、クリームがかけられたもの……。街の油と土臭さと共に、クッキーの甘い香りが鼻をくすぐった。ロットは、何枚ものクッキーをひとつかみで握り、口に放り込む。ユーキチが、むっとした顔でたしなめてくるが、気にしない。ユーキチはため息をついた後、持っていたハンカチでジャムやチョコレートでべたついたロットの手を拭った。マメなやつ、とロットは思う。
「ロット、今何歳?」
 ユーキチが尋ねた。ロットは、拭われた指を折りながら年数を数えていく。
「多分、7とか8とか、その辺り」
「そろそろ、た、誕生日じゃない?」
 誕生日? ユーキチの言った聞きなれない言葉に、ロットは困ったような呆れたような表情をしてみせた。意味はわかる。しかし、自分の誕生日などまともに意識したことも無かった。自分に、誕生日があるのか?
「ね、ねぇ、今度誕生日パーティしようよ。せっかく、こうやってふたりいっしょにいるんだもん……。へ、平和なうちにさ。ね?」
 誕生日には、パーティをするとはじめて聞いたのはユーキチからだった。ユーキチが、パーティというものに憧れを抱いているのは知っていた。幼い頃、家族や友人と一緒にパーティをしたことがあるらしい。今では、すっかりご無沙汰だろうが。
「ケーキが必要になるね。ロットの好きなケーキ、ここでなら買えるかな……?」
 ユーキチは、色々な事をよく知っている。最近の残像領域のニュースのこと、パーツ選びのコツ、そして誕生日にはケーキを食べること……。
「ケーキなんて、金持ちの食いもんだろ? そんなの、買えるわけが……」
「か、買えるよ!」
 ユーキチは、ロットの言葉を遮って自信ありげにそう言った。
「だって、今のロットはハイドラライダーなんだから!」
 そう言われて、ロットはハッとする。残像領域に迷い込んでからというもの、目まぐるしい戦闘と遠征の応酬で意識が向いていなかったが、ハイドラライダーは特別な存在である。
 誰もが夢見、しかし乗れる者は一握りだけ。残像領域は実力主義の権化のような場所であった。戦闘をこなせば、片手で数えきれないほどのケーキが買える金が手に入る。なんで、もっとはやく気づかなかったんだろう!
「俺様、ちょっとケーキ買ってく……ぐえっ」
 整備場を飛び出そうと立ち上がったところで、ユーキチにバンダナを掴まれた。一瞬、首が締まりせき込む。
「と、特別な日だけだよ。大金があると言っても、パーツ代だってお金なくなっちゃうくらい高いんだから……」
「そ、そうだな……」
 さすがに、戦闘面への労力を怠ってはいけないと理解しているロットは、ユーキチの言葉で大人しくその場に座り込んだ。
「ケーキ。ケーキか……」
 ロットは、ケーキを食べたことが無い。今までケーキというものを得られる環境にいたことが無いからだ。甘くておいしい、子供の夢を思いながら、ロットはケーキに思いをはせる。
「1000年も生きてたら、1000回もケーキが食べられるんだな……」
 そんなことを言いながら、にゃへ、とロットが笑った。

第24週目
2017.8.12




 とうとう、コロッセオの新レギュレーションが今日から適応される。従来のハイドラVS通常兵器というコロッセオの常識を打ち破り、ハイドラVSハイドラという手に汗握る戦いがはじまろうとしていた。機会都市群にも早速新レギュレーションコロッセオは流行の兆しを見せ、ところどころで新コロッセオの話題が上がっていた。

「デスケルじゅーこー、おもいはじゅーこー♪」
 時刻はおやつの時間をまわったころ。霧の薄く普段の残像領域から見たら晴れと言えるだろう天気の下、機会都市の道路でロットは車を走らせていた。ラジオから流れてくるCMの売り文句を口ずさむ。街中のテレビには、ロットの口ずさんだCM、デスケル重工のキャッチーな宣伝が流されていた。
 ロットが操縦するその車体は、ところどころ擦り傷や火器を食らった跡が残っている。ロットは今、コロッセオから帰宅している最中だった。
 新レギュレーションということで、ロットの元にはコロッセオ・レギュレータ社の人間から直接出場オファーが届いていた。しかし、同じ住居に住むユーキチは元々コロッセオに反対している人間だ。以前、上手く言いくるめたとはいえ、それでも手放しでコロッセオ出場に賛成するとは思えない。
 と、いう訳でユーキチには内緒でこっそり出場を済ませてきたのだった。結果は敗北であったが、ハイドラと戦うという点においてはロットは満足していた。最近の仕事は犯罪者の取り締まりや戦闘実験等、張り合いの無い仕事ばかりで思い切り戦いたいと思っていたところだったからだ。
「そういや、この文句コロッセオ中に取材カメラの前で言ったら報酬上乗せあったんだっけ。あちゃー、すっかり忘れてた」
 今や、ハイドラライダーは世間でアイドルも同然の扱いを受けている。ロットもTVの取材を少しばかり受けたが、やはりマスコミの注目を集めるのは眉目秀麗でTV受けの良い返答をするライダーであった。子供のライダーも珍しいのだが、如何せん戦闘中は機体に乗るライダーの姿はカメラに映らない。その為、ロットのようなライダーは視聴者にとって操縦をしている姿が想像し辛く、受けが悪いらしい。
「別に、テレビに出ることが目的じゃないからいいけどよー。なーんか負けた気分……ん?」
 ラジオが止まり、通信を知らせるアラームが鳴った。何も考えず、受け取りボタンを押す。
『ロット』
 突如、ハンドル操作を誤って対向車線に飛び出しそうになった。慌ててハンドルを戻し、通信相手を確認する。
「……ユーキチ」
『僕、昨日ハイドラの装甲直したばかりだよね』
「……」
『どうなってる?』
「……にゃへ、許してっ」
『ロットーッ!!』
「にゃへーッ!!」
 ブツンッ。怒鳴るユーキチに驚いて、咄嗟に通信を切ってしまった。
 ユーキチは、腕のいい整備士だ。そういう人間は、何かと自分のこだわりを持っていて……ユーキチなら、整備した機体は大事に扱うべきだ、とか。
「う~、帰りたくねぇ……」
 ロットは、怒ったユーキチに弱い。普段は覇気のない態度をとっているくせに、ハイドラの扱い次第ではたちまち大人にも引けを取らない毅然とした態度を取りはじめる。ユーキチも、ああ見えて整備士としてのプライドは高いのだ。
「……喫茶店でも寄ってこ。そういや、このまえ話に聞いたパンケーキのうまい店って、ここら辺だったっけか」
 家でロットの帰りを待つユーキチを想像しては震えながら、ロットは少しでも猶予を伸ばすため帰路を逸れ喫茶店へと車を走らせるのだった。

第25週目
2017.12.26



 ロットのメール受信BOXには、様々なメールが送られてくる。時には辺境のレジスタンスから、時には近所の床屋の半額クーポン券、時にはハイドラライダーを脅威と考え排除しようとする者から、時には企業連盟のお偉いさんの罵詈雑言、時には身に覚えのない有料出会い系メールの請求書、時には非合法コロッセオへの勧誘……。
 ロットは、受信箱の全削除を選択し、ボタンを押した。
「……あっ、床屋のクーポン券くらいはとっといてもよかったな」
 空になった受信BOXを眺めながら、ロットはそうつぶやいた。

 ロットは、空中要塞――ストラトスフェアに向けて機体を跳躍させた。普段よりも霧が濃い。標的であるミサイルキャリアーを見失わないように気を付けながら、周囲の敵機を電子ブレードでなぎ倒していく。
「……あの、ミサイルキャリアーってのを倒すには、まず周りの雑魚を一掃してからって言ってたな。ま、以前のマシュマロよりはマシか」
 ゴゴゴと空気が轟いた。霧を突き破り無数のミサイルがハイドラ大隊へ向かって降り注ぐ。方向からして、おそらくミサイルキャリアーの放ったものだろう。
「ミサイルの雨あられなんて、ロマンある火器だよなぁ。あれを分捕れたら、きっとマーケットで人気出るんだろうな」
 霧で視界がぼやけても、ミサイルの炎は霧の膜をすり抜け自らの存在をゴウゴウと主張する。幸い、ロットの機体は機動力が高い。攻撃を避けつつ、味方のやりかたを見よう見まね、ミサイルの信管をブレードで断ち切り無力化して行く。案外できるもんだなと、ロットは思った。
 空に爆発音が響いた。銃器を扱える味方の機体が、ミサイルを迎撃しているようだ。爆発の光が霧の内部で乱反射するため、周囲は朧げな明るさを保っていた。
「花火みてーだ」
 パチパチと、火の粉がはじける音がする。わずかな火薬のにおいが、換気口を伝ってロットの鼻へ届く。
 ロットの胸が高揚しているのは、戦闘のせいだけではなかった。
 ずっと幼いころ、聞いたことがある。花火という、祭りで使われる火薬の話。実物を見たことは無い。ロットが歩んできた場所はどこも、火薬を祭りに使う余裕など無かった。
 ミサイルが飛んでくる。そのノズル部分からは、何らかのエネルギーを燃焼しているのだろう炎が噴き出していた。目標に激突したミサイルは、その弾頭を爆発させさらに戦場を明るく照らした。弾頭に詰まっているのは、きっと火薬なのだろう。
 花火とミサイルの違い。誘導装置がついているとか、ミサイルの方がハイテクだとか。いや、それ以前に……。
「あっ」
 大きな轟音と共に、ロットの乗った操縦棺が、大きく揺れた。機体の足元にミサイルが着弾したようだ。
「ひー、あぶねっ。直撃したら死ぬぜ、こんなの……。ったく、そろそろ花火大会も終わりだ! 次、やるときはもっと火薬の種類増やしとけ! 青色のとか緑色のとかなっ!!」
 敵の放つミサイルは、自軍の命を奪おうとするものだ。その実態は遠く及ばない。だって、昔思い描いた花火はあんなにも綺麗だ。
「にゃへっ、花火師としては三流もいいとこだぜ」
 ミサイルキャリアーがミサイルを発射するのが見えた。それは、やはりこちらの命を奪おうとする、無機質で面白味のない鈍色だった。

第27週目
2017.12.28



 撃墜させてもなお戦い続ける機体がいた。いくら攻撃を仕掛けてもびくともしない機体がいた。
「おばけなんていない」
 ロットは、それらの機体を目の前にして悪態をつきながら、再び電子ブレードを振りかぶった。

「れ、霊障っていうのがあるんだ」
 整備場で、ユーキチが言った。喋っていても、機体を整備する手が止まることは無い。
 午後のどんよりとした曇り空の下、ロットは暇をつぶすためにユーキチの仕事を眺めていた。部屋に戻って帳簿を確認するのも、頭が痛くなりそうで嫌だった。
「そんなの、都市伝説だろ? 戦場でビビった腰抜けが空目したんだ」
 霊障。確実に逸れた攻撃が命中したり、そもそも火器を装備していないのに攻撃を放ったりするらしい。そんな馬鹿な話があるものか、とロットはこの話を信じていない。
「で、でも、実際に僕もカメラ越しに見たことがあるよ……。火器を色々持ってる機体にはあまり発生しない事象みたいだけど……。マーケットで売られてるパーツにも、霊障攻撃を想定したものもあるし……」
「大人がそんなオバケみたいなもんをマジで信じちゃってんのもアホらしいけどな。まだ、電磁波とかプラズマとか言ってた方がまともだぜ」
 ロットが嘲笑気味に肩をすくめた。
「……ロットはオバケ信じないもんね。もっと、夢持った方が良いと思うけどなぁ。あ、でも戦場の電磁波濃度と関係あるみたいだから、その類いな可能性もなくはないけど……」
 ユーキチが機体の腕部のボルトを締めていく。
「……そーいや、昨日戦った化け物染みた機体。じゃ、あれも霊障か? あれだったら、信じられなくもねーけど」
「い、いや、あの機体は霊障とはちょっと違うみたい……。あれはハイドラ大隊が言うこと聞かないからって、企業連盟の人が持ち出してきた過去の技術で……、ロットはメール見て無いの?」
「俺様、文字読むの嫌い」
 ユーキチが、呆れたように肩を落とした。
「にしても、最近ごたごたしてきて前以上にきなくさいな。そろそろ逃げる頃合いか?」
「えっ」
 ユーキチがボルトを締める手を止める。
「ぼっ、僕、ここ気に入ってるんだ。子供でも雇ってくれるところなんて、他にないよ! も、もうちょっと資金を稼いでいってもいいんじゃないかな……?」
 ユーキチにとって、残像領域は楽園だった。仕事があり、食べ物があり、実力主義だ。子供というだけで相手にされないことも多いユーキチにとっては、整備技術で衣食住にありつける街というだけで、生涯定住を決めてもいいと思っているほどだ。
「いや、別にいっしょに来いとは言わねーよ。ただ、俺様はそーゆー危険な橋は渡らねーってだけで」
「で、でも……」
 ユーキチには、ロットの言っている意味がピンと来ていないらしい。ハイドラライダーでもない、戦場に出ている訳でもないユーキチに理解しろと言っても酷な話なのだろう。ロットにとっても、未だにはっきりした確信を持っている訳ではない。
 しかし、ロットは己の勘を信じて生きてきた。それ故に感じるものがある。自分たちは、なにか酷く割に合わないものに付き合わされているんじゃないかという不安。
「や、やっぱりいっしょにいた方が良いよ! ぼ、僕ロットと離れ離れの時、酷い風邪ひいたことがあって……。ロットもそうならないとは限らないし、そういうとき誰かが傍にいた方が絶対いいよ!」
「……わ、わかったよ」
 ロットは、ユーキチの珍しい強い押しに気圧され返事をした。
「まぁ、確かに旅先で困るより今備えといた方がいいか……」
 ロットは、態度は悪いがユーキチのことを信頼している。それに、ふわふわした勘より目先の現実が優先されるのは当たり前だ。そう思って、己の勘を引っ込めた。ひとりでいるときは、こんなことはないのだが。
 空はいつまでもどんよりと薄暗い。今日の天気は夜から雨だそうだ。
「……なぁ、ユーキチ」
 ロットが、空を眺めている。
「なに?」
「なんだか、寒くね?」
 ロットは、上着に袖を通しながら言った。

第30週目
2017.12.28



「ぶえーーっくしっ!!」
「う、うえっ、汚い! こ、こっち向いてくしゃみしないでぇっ」
 ロットが風邪を引いた。外では、霧ではなく吹雪が街を覆っていた。

 整備場の隣にある六畳一間の住居スペースに、ふたりはいた。ハイドラライダーならば都心の一戸建てくらい買えるのだろうが、ロットたちには家を買うことについての知識が無い。どうせ足元を見られてぼったくられるか、バカみたいな契約を結ばされるのがオチだろうと、ハイドラライダーになった当初から借りているこの建物に住み続けていた。そもそも、ロットたちにとって、残像領域は飽くまで一時的な通過場所なのだ。
「ほ、ほら、おでこの濡れ布巾落とさないようにね……。僕、今日仕事お休みにしてもらったから……。あっ、乾燥してるの良くないんだっけ……。や、やかんでお湯沸かしておかなきゃ……」
「げほっ、わざわざそんなことしなくても、俺様ダイジョブ……。うっ、うええっ、気持ち悪ぅ……」
 ロットはベッドで横になっており、その隣でユーキチが懸命に看病を続けている。ロットがベッドから這い出ようとするも、体力が尽きかけた体では起きるだけでも一苦労だった。体がだるく、節々が痛む。がんがんと頭が痛んだ。
「む、無理しちゃだめだよ。これ、お薬買ってきたから……。ちゃんと飲んでね」
「うぃ……、ずびーっ」
 つけっぱなしのラジオから、ニュースキャスターの声が流れてくる。寒波はイオノスフェア要塞から発生しているらしい。イオノスフェア要塞は、ハイドラ大隊が次に目指す要塞である。少なくとも、ロットはそう聞かされていた。
 いつの間にか、その連絡は企業連盟からではなくなっていた。しかし、ロットにとってはどうでもいいことだ。
「霜の巨人だかなんだか知んねーけどよ……、ずびーっ、ずるがしこい野郎だぜ。ハイドラとの戦いじゃ勝てねーからライダーの方に直接ダメージ与えてくるなんて……」
「む、向こうはそんなつもりじゃないと思うけど……」
 イオノスフェア要塞にいる霜の巨人には、敵意はないのだとニュースは報道する。曰く、寒さにさえ耐えられればそれ以上の破壊行為は行わないのだとか。
「嘘だぜ。この寒さは人を殺す寒さだかんな。俺様にはずびーっわかるんだ」
「ほ、ほら、鼻かんで」
 ユーキチがロットの鼻にティッシュを当てる。ロットは思い切りかもうとするが、鼻がつまっているせいで上手くできない。
 ニュースが終わり、CMが流れる。コミカルな音楽に合わせて、爽やかでわざとらしい声の青年が特製防寒シェルターを褒めたたえ、購入を促していた。
「ちくしょう、頭がいてぇ。CMがムカつく。もしかして、これって霜の巨人と企業が癒着してんじゃねーの。にゃぶ、俺様が元気だったら、今すぐにでもぶっ倒しに行くのに……」
「もう、とにかく風邪治さないとハイドラにだって乗れないよ……。ほ、ほら、おかゆ作ったから……」
 ユーキチが、スプーンですくった粥を冷ましロットの口元へ運んでいく。
「……。んにゃ、そーだな……。うぅ、今日はもうずっと寝てるか……」
 風邪が堪えたのか、おとなしくユーキチの言葉に従った。粥を食べている最中も、ロットは霜の巨人への悪態をやめることはなかった。

第33週目
2017.12.28



「企業連盟が、滅びる……いつかは来ると思っていました。元は、志を同じくした者同士、寂しいですね」
「かつて連盟とは、残像領域の永劫環境化計画を共に推し進めました。対禁忌戦闘兵器『ドゥルガー』を開発・生産したのも連盟です」
「そして、4人の科学者がいました。アンビエント・ユニットの礎となった4人です。そして3基のアンビエント・ユニットが完成しました」
「懐かしい話です。当時私はまだメフィルクとライアという名前でした。4人は一つとなり、一つの目的のために、永遠となりました」
「老人はなぜ昔話をするか、たまに思います。結局は、自己の消えゆくものを、他人に託したいのでしょう」
「私は不滅です。二人分の命がある私は、無敵の存在なのです。けれども、消滅の恐怖は、決して消すことはできない……そうなのかもしれません」

 そういえば、そんなメールを受け取った気がする。前に、メール受信BOXを空にしてしまったので、確認はできないが。
 だって、ロットには興味の無いことだった。過去とは、ロットにとっては単に過ぎ去ったものであって、その価値も意味も見出すことができなかった。
 ロットは、ずっとそういう生き方をしてきた。

「この前の風邪の恨み、きっちり晴らさしてもらうからな!」
 ロットは操縦棺の中でそう啖呵を切った。モニターには、一面の銀世界と霜の巨人。
 ロットは今、イオノスフェア要塞にいた。ハイドラ大隊と共に、銀世界となった残像領域の荒野を駆けていく。ハイドラ大隊の進攻する先には、味方のハイドラたちの何倍もの背丈を持った霜の巨人。霜の巨人の周囲には、数々の未確認機と呼ばれる未知の機体が氷漬けになっていた。ロットの機体も装甲や関節部に氷結対策を施してはいたが、それらを持ってしても氷点下を軽々と下回るこの環境では、いつ故障して動かなくなるかわからない。その冷気はロットのいる操縦棺にも届いていた。暖房はついているはずなのだが……。ロットは鼻を思い切りすすると、轟音と共にその巨体を起こしつつある霜の巨人を睨みつけ、操縦レバーを握りしめた。

 なにもかもが凍っていく。
 モニターに映るのは死の世界だった。敵も味方も、なにもかもが凍てついていく。
 ロットは絶え間なく操縦する手を動かし続けていた。ロットのいる操縦棺、そこに備え付けられている温度計は5度を指し示していた。どうやら、ユーキチが付けた暖房よりも霜の巨人の方が強力らしい。体を動かすのを止めれば、自分までもが凍り付いてしまいそうだった。
「なんだっけ。残像領域を氷漬けにして、永劫化するとかなんとか言ってたよな。にゃはは、俺様は別に残像領域の人間じゃないからどうでもいいけどよ」
 銃撃を仕掛けてきた戦闘ヘリ型機体を、跳躍して近づきそのままヒートソードで一刀両断する。断面からは煙が立ち上るが、すぐに冷却されその姿を吹雪の中へ消していく。
「俺様、金くれるほうの味方するだけだぜ。じゃなけりゃ、俺様に都合が良い方だなっ」
 ヒートソードのエネルギー出力が落ちつつあることに気付いたロットは、すぐさま武器を電子ブレードに切り替える。
「こんな寒くしやがって、俺様がまた風邪ひいたらどうしてくれんだ!!」
 力任せに、霜の巨人に一撃を浴びせる。しかしその一撃は、霜の巨人の装甲を覆う氷に傷をつけただけで、ダメージはほとんど通っていなかった。
「うぅっ、だめだーっ。手がかじかむぅ」
 鼻水が垂れる。顔も手も赤い。寒さと疲労で、風がぶり返して来たか? 頭が少しぼーっとする。
「あっ」
 目の前には霜の巨人。その銃口と目が合った。ん、銃器相手に目が合うって言い方はおかしいかな?
 銃口は凍えるような光を放ち、ロットの視界は冷たい輝きに覆われた。

「ずびーっ、ずびーっ」
「は、はいはい、おかゆね」
 毛布にくるまりながら、鼻水を垂らすのはロットだ。その隣で、ユーキチが粥を冷ましている。
 ここは、ロットたちの暮らすいつもの整備工場だ。その住居スペースに、ふたりはいた。結局、ロットはあの後見事に風邪をぶり返してしまった。
「……この前の霜の巨人戦、大変だったね。僕、ロットの機体からの信号が途絶えた時、もうどうしようかとおもっちゃった」
「にゃへ、俺のハイドラの信号止まったらお前の心臓もいっしょに止まるんじゃねーの」
にゃはは、とロットは笑った。
 ロットはあの時、結局霜の巨人に撃墜されてしまった。機体が動かなくなった後急激に温度が下がっていく操縦棺の中で、ぼんやりと死ぬことを考えていた。今際の際まで足掻き続けるとばかり思っていた自分が、こうも絶望的な状況では諦めが先に立つのだなと、少しガッカリしたのを覚えている。
 しかし、霜の巨人から二度目の攻撃が来ることはなかった。ぼんやりと見えるモニターの向こうで、霜の巨人が倒れるのを見た。誰か、残像領域のヒーローが倒してくれたのだろう。
 以前にハイドラライダーがもてはやされたりもしたが、やはり、自分はこの場所のヒーローではないのだ。明るい窓の外からの光がまぶしくて、眉間に皺が寄る。
 窓の外には、霧ひとつない青空が広がっていた。

「……解けてしまう。氷が……晴れてしまう、霧が……残像領域の永劫化が……ああ、どうして……」
「深刻なエラーが発生しました」
「アンビエント・ユニット機能不全」
「霧が……凍った!? 一瞬で……何が起こった!?」
「ごらん、ダイヤモンド・ダストが降り注ぐ姿を。全部降ったら、青空が覗くよ。ずっと、ずっと見れなかった青空を」
「深刻なエラーが発生しました」
「霧粒子制御不可能。残像領域とのコネクションを失いました。直ちにコンソールからシステム回復を行ってください」
「いやだ、千年かけて……いや、歴代の守護者が守り抜いた、この世界が……そんな、こんなところで……」
「メフィルク。先に行くよ。ああ、これが見たかったんだ。なんて素敵な、青空――」